「………」

「………」



一体どのくらいの時間、俺達は互いの顔を見つめ合っていたのだろうか。

いや、時間にすれば大したものではないのかもしれないが、俺にとってはその時間がまるで何時間も続いているかのように思えてしまったのだ。



あの頃と何も変わらない、綺麗に伸ばされた長くて艶のある黒髪と真っ直ぐな瞳。



だが、そんな俺の高ぶった気持ちは、この後すぐにどん底に突き落とされることとなる。




「なまえ、席空いてた?あ、丁度ここ空いてるね。ここに座るの?」

「そ、総司…。う、ううん、ここは先客がいるんだって。だから、他の席探そう」




後から彼女の元にやって来た茶髪の男。

この男にも見覚えがあった。

確か…あの日、彼女と楽し気に会話をしていた…




「あれ、この人…なまえの知り合いじゃないの?ていうか…あれ?きみ何処かで…」

「し、知らないよ、こんな人。総司、いいから他の席探そう…!」




茶髪の男が何か言いかけたが、彼女はそれさえも遮って冷たい声を発した。

その声はまるで苛立っているようにも思えた。

そしてその苛立ちは、茶髪の男へではなく俺に向けられているような気がしたのだ。


彼女のその声音は、高ぶっていた俺の気持ちを一気にどん底へと突き落とす。


一年以上が経ったとはいえ三ヶ月も同じ時間を過ごしていたというのに、彼女は俺のことを知らないと言った。

先ほど微かに名前を呼ばれた気がしたのは気のせいで、彼女の中には俺との思い出などもう少しも残ってはいないのだろう。

そう思うと胸が張り裂けそうになった。



そして気が付けば彼女と茶髪の男の姿は目の前からいなくなっていて。



失望。


オリエンテーションが終わる頃には、俺の胸にはこの言葉が深く刻み込まれていた。
















「ねぇねぇ、きみ。確か斎藤一くん…だったよね」

「……そうだが」



オリエンテーションが終わり、大学へ通うためにこの春から新しく借りたアパートへと帰ろうとする途中、俺は正門辺りで後ろから声を掛けられた。

俺の名前を呼ぶその声に振り返ってみれば、そこには先ほど彼女と一緒にいた茶髪の男が立っていて。



「僕、沖田総司って言うんだけど…覚えてる?高二のとき薄桜高校で同じクラスだった」

「悪いが、名前は知らん。顔は知っているが…」

「あはは。ひっどいなー。僕、これでもあの頃は目立ってたほうだと思うんだけど。ま、そんなことはどうでもいいよね」



声を掛けられたと思えば一人でべらべらと話し出すこの男。

早く本題に入れと俺が眉を顰めれば、「まぁまぁ、慌てないで」と余計に俺を腹立たせるような言い方でそう宥めて来た。



「じゃあ、ご要望にお応えしてズバッと本題から入っちゃうけどさ。きみって、あの頃は毎日なまえと一緒にいたよね。それなのにどうして彼女に転校のことを伝えなかったの?彼女、次の日すっごく落ち込んでたんだよ。彼女がいくらきみのことを覚えていないって言い張っても、僕はきみのことをちゃんと覚えてる」

「…何故俺がそんなことをあんたに言う必要がある?そもそも、あんたは一体彼女の何なのだ」

「僕?僕はなまえのボーイフレンドだよ。だからさ、なまえを傷つけられた僕としては、その訳とかも色々知りたいと思っちゃうんだよね」



"ボーイフレンド"

その言葉に俺の胸はズキリと痛んだ。

ボーイフレンドということは、この沖田という男は彼女と付き合っているということなのだろう。

沖田の質問などそっちのけで、俺は彼女に男がいたという事実で頭がいっぱいになる。




「おーい、斎藤くん。聞いてる?ねぇってば」

「あ、あぁ…聞いている。ただ、あんたが彼女と親しいからと言って、俺があの時のことをあんたに話す理由にはならんな。そもそも、彼女は俺のことなど忘れているのだろう。ならば、わざわざそんな昔の話を蒸し返す必要はないと思うが」



俺は苛立ちをできるだけ抑えながら沖田にそう告げた。

すると、俺の言葉を聞いた沖田は急に不機嫌な表情になる。




「ねぇ、きみ…それ、本気で言ってるの?」

「本気も何も、俺はあんたが言ったことと自分の考えをそのまま話しただけだが」

「ふーん、そっか。僕はてっきりきみがなまえに想いを寄せてたんじゃないかなって思ってたんだけど…その言い方じゃ、違ったみたいだね」

「………」

「だったら、大学でこうして再会したとは言え、特別なまえに近づく意味はないはずだよね。今度から学内でなまえのことを見かけても、声を掛けたりとかしないでよね。それじゃ、僕の話はこれだけだから」




そう言って相変わらずに俺のことを睨みながら沖田は去った。

門の外へは出ずに中に戻って行ったということは、きっと彼女を待たせでもしているのだろう。




沖田と話したおかげで気分は最悪だ。






俺は苛立つ気持ちを抑えながら、その日はとにかく早く帰って、何も食べずにそのままベッドに倒れ込んだのだった。












. []


戻る