「あなたたちは…!?」

正面の私、背後の兄様、それから左右の塀の上には天霧と不知火。
四方を囲まれたことに気付いた雪村千鶴は、ますます怯えた様子で兄様を振り返った。

「なまえ…さんは、この人たちの仲間なんですか?」
「人…というか鬼だけれど、仲間よ。…兄様、どういうこと?この子、何にも知らないみたいだけど?」
「何も知らぬだと?」
「ええ。そもそも鬼の存在すら知らないような感じよ」
「鬼を知らぬ?」

雪村千鶴は本当に鬼を知らないようだった。
けれど、並みの人間では考えられないほど早く傷が治らないかという天霧の問いに反応したところを見ると、自分が普通の人間と異なることに全く心当たりがないわけではないようだった。

私は内心苛々していた。こんなことをしている間に、新選組が集まってきてしまうんじゃないかと。
でも、悲しいことに嫌な予感ほど的中してしまうものなのだ。

強硬手段を取った兄様が事情を飲み込めていない雪村千鶴を無理やり連れて行こうとした、そのときだった。

「兄様!危ない!」
「っ!」

風のように現れて、槍と刀で兄様を退けたのは浅葱色の揃いの羽織を着た二人の人間の男。小柄なほうの男は、見覚えのある白い襟巻をしていた。
咄嗟に兄様を守るように前に飛び出したのは、逃げ出したい気持ちよりも頭領の妹としての責任感のほうが勝ったから。

「なまえ…?」

思いがけない再会にびっくりしたんだろう。
はじめ君の長い前髪から覗く涼しげな瞳が驚いたように瞠られている。

「こんばんは、はじめ君。約束してた日より前に会えちゃったね」

場違いなほど明るい声と笑顔が出た。
だって初めて恋した相手が敵だったなんて、そんな巡り合わせ、もう笑うしかないでしょ?

「斎藤、知り合いか?」

大柄な男にそう尋ねられたはじめ君は驚きから早くも立ち直ったようで、刀を構え直し私を真っ直ぐに見据えた。

…ああ、私ははじめ君に敵と看做されたんだ。

覚悟していたはずのことに傷付きながら、私が薙刀を握り直したとき、ぽんっと肩を叩かれ、見上げると天霧が傍らに来ていた。

「下がっていなさい、なまえ」
「天霧…?」
「あなたにはこの男と戦うことなどできないでしょう」

私の一歩前へ出た天霧は、はじめ君にこの場を引いてほしいと頼んだ。
彼にははじめ君と戦う理由はない、と。けれど、はじめ君は引かなかった。
雪村千鶴を庇っているようだった。

やきもちなんて妬いてる場合じゃないのに、はじめ君に庇われている雪村千鶴が羨ましかった。
同じ鬼なのに彼女は守られて、私ははじめ君の敵で…。
妬ましくてやりきれなくて、勝手に体が動いていた。
私は天霧とはじめ君の頭の上を飛び越えて、雪村千鶴の前に着地すると、彼女を荷物のようにひょいと肩に担ぎあげた。

「きゃあああ!」
「雪村!」
「この子を返して欲しかったら、はじめ君一人で追掛けてきて!」

これが本当の鬼ごっこね、と自嘲しながら、私は彼女を担ぎあげたまま塀の上に飛び上がり、全力で走りだした。

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