「なまえ」
出口の鳥居の下で初めて名前を呼ばれた。
「はい」
思わず返事が「うん」じゃなくて「はい」になった。
「また、会えるだろうか?」
奇跡みたいだと思った。私も「また会える?」って、今まさに聞こうと思っていた所だったから。
「うん。勿論よ」
私の返事を聞いたはじめ君はホッとしたように笑った。
はじめ君の次の非番の日に会う約束をした。
何処へ行くかは次に会うときまでに、はじめ君が考えておいてくれることになった。
姿が見えなくなるまで、何度も振り返って手を振った。
はじめ君は手は振ってくれなかったけど、ずっと鳥居の所に立って私を見ていてくれた。
嬉しすぎて、幸せすぎて、夢の中にいるみたいに足元がフワフワしていた。
生まれて初めて味わうこの幸せな気持ちが恋だって、私はもう気付いていた。
だけど、お祭りの途中から私の後を尾けていた気配にも気付いていた。
「天霧、いるんでしょ?」
人気のない路地に入って声を掛ける。
振り返らなくても、天霧が姿を現したのが私には分かった。
「浴衣のお店であなたをまいたことは謝るわ。ごめんなさい」
天霧は何も言わない。気を読んでも、天霧が怒っている様子はなかった。
ただただ静かな天霧の気配になぜだか無性に腹が立った。
「どうして黙ってるの?怒るなら怒ったら?鬼の頭領の妹という立場を忘れ、人間の男と遊び歩くとは何事か、とか、自分という許嫁がありながら、男と手を繋ぐなどふしだらな、とか!」
「…一応は反省しておられるようですね」
感情的になったのを後悔して死にたくなるほど、天霧の声は冷めていた。
「羽目を外したくなる気持ちは分かります。里からほとんど出たことがないあなたが、初めて京へ来たのですから。ですから一人で遊び歩いたことに関しては目を瞑りましょう。男と手を繋いだことに関しては、私はあなたの許嫁ですが恋仲ではない。夫婦になる前にあなたが誰と親密になろうと私には関心がありません。ですが…」
「ですが、何よ!?」
分かり切っていたことだ。天霧が私に何の関心もないことなんて。
それでもここまではっきり言われると悔しくて涙が出そうになって、つい尖った声が出た。
「斎藤一は止めておきなさい」
「どうしてよ!?」
そこで初めて天霧を振り向いた私は、その顔を見て驚いた。
いつも無表情で何を考えているか分からない天霧の顔が、どこか痛むようにしかめられていた。
天霧、どうしてそんな顔するの?
悲しい予感が、した。
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