人間達に利用されるのを避けるため、私達、鬼の一族は人里から離れた所に隠れて住んでいる。
だから自分の身と仲間の安全を守るためにも、鬼を見たことがある、というか私の正体も鬼だ、ということは絶対に隠さなければならないのだ。
「な、ない、ない!あるわけないじゃない!鬼なんて想像上の生き物よ。でも、想像上の生き物なら、たまには美しい鬼を想像する人がいてもいいんじゃないかしらって思ったの」
我ながら苦しい言い訳かしら?もし正体がばれたら、私は即座にこの場から逃げなきゃいけない。
人間の何倍もすばしっこい私なら楽々逃げられるだろうけど、一度逃げたらもう、はじめ君には会えなくなる。
そんなの、やだ。
私ははじめ君の反応をどきどきしながら待った。
「ふっ。…あんたは面白いことを言うのだな。美しい鬼を想像する者がいてもよい、か」
小さく笑ったはじめ君に、ホッと胸を撫で下ろす。
よかったぁ…今度もなんとか誤魔化せた…。
「店主、注文を少し変更したいのだが」
はじめ君が飴職人のおじさんに声を掛けた。
「ええ。かまいませんよ」
「では、『美しい鬼』で頼む」
はじめ君がこちらを向いて悪戯っぽく笑い、困り顔をしていたおじさんも「かしこまりました」と言って笑った。
私ははじめ君の気遣いが嬉しくて、泣きたいような気持ちで笑顔を作った。
「…食べぬのか?」
私が歩きながら飴細工を眺めていると、はじめ君が不思議そうに尋ねた。
お雛さまに角が生えたような可愛らしい鬼の飴細工は、はじめ君が私の持っていた青鬼の飴と自分の注文した『美しい鬼』の飴を交換してくれたものだ。
「うん。なんだか勿体なくて」
いつの間にか、はじめ君は私が袖を持たなくても私と同じ速さで歩いてくれるようになっていた。
いつの間にか、私ははじめ君と話すのに緊張しなくなって、はじめ君の隣が心地いいと感じるようになっていた。
だけど、楽しい時は射的の矢のようにあっという間に過ぎていく。
西の空はもう茜色に染まっていて、そろそろ宿に帰らなければ千景兄様に叱られてしまうだろう。
「もう、帰らなきゃ」
「…そうか」
はじめ君の返事が少し残念そうに聞こえたのが、私の気のせいじゃないといいと思った。
「送りたいのだが…」
言葉を濁したはじめ君に、そう言えばはじめ君はお仕事があると言っていたんだと思い出す。
「いいの。気にしないで。ごめんなさい。お仕事を抜けさせちゃって」
「…いや。先刻も言ったが、俺は本来ならば非番ゆえ、問題はない。せめて神社の出口まで送らせてくれ」
「…ありがとう」
出口のほうへ歩き出そうとしたとき、すっと差し出された手の意味が一瞬分からず、私は首を傾げた。
ひょっとして…と思って、はじめ君の顔を見上げると、はじめ君の顔は夕陽を背にしていても分かるほど赤くなっていた。
「ひ、人が…、人がまた増えてきた。はぐれるといけぬ故」
「…うん」
兄様以外の殿方と手を繋ぐのはこれが初めてだった。
さっき少しだけ触れたはじめ君の手はやっぱりひんやりとしていて、剣だこのせいでごわごわしていた。
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