講義も終わり、机に広げたものを片付け出した私は肩を落としていた。
時計は11時半を回った所を指していて、皆何を食べようかと浮き足立っている中、しょんぼりと項垂れた。
財布を忘れたのだ。
仲の良い友達は、講義が無くて来ていないし財布の為だけにはじめくんに来て貰うなんて出来ない。
肩を落として、最後にペンケースを突っ込むとスマホを出してサイレントからバイブにしようと画面を見るとメールが届いていた。
はじめくんからで、文章を読んでやはり私の旦那様は完璧すぎると小さく笑った。
「はじめくんっ!」
芝生の広がる一角に何台かテーブルと椅子が並べてある。
11月に入ったけど、今日は比較的暖かい。
「おまたせ、ごめんねっ」
小走りに走る私を立ち上がり眉根を寄せたはじめくんが制止を掛けた。
「なまえ、走っては駄目だ!何度言ったら分かるのだ。転んだら大変だ。大体、あんたはいつもいつも」
腕を組み、眉根をこれでもかって程寄せて口を開いたはじめくんのなが〜い説教が始まる気配に、慌てて小走りからゆっくり歩くと、はじめくんに抱きついた。
今は周りには、ちらほらしか人は居ないからいっか。
大体はお昼を摂りに、食堂か外に食べに出てるんだろう。
はじめくんを黙らせるには此が一番なの。
ほら、固まって…あ、耳まで真っ赤。
首筋にチュッと軽く触れて離れると目を見開き左手で口許を隠しちゃってるし。
「はじめくんのご飯食べたいよ。座ろう?」
「…あ、あぁ」
ぶらんと下げられている右手を掴んではじめくんが座っていた椅子へと一歩踏み出すと、掴んだ手を指を絡めて繋ぎ直すのにニタニタが止まらない。
太い幹が根を張る、木の下にある幾つかのテーブルセットに腰を掛けた。
この木を満開の花で彩る季節は、人気のこのベンチも今の時期は不人気だ。
「寒くはないか?」
黒い大きめのバックから、家で使っているピンクのふわふわの膝掛けを出して膝からお腹に掛けてかけてくれた。
「はじめくんは寒くない?」
そう言って、お尻で移動してピタリとくっつくとはじめくんの膝にも掛けた。
「俺は大丈夫だ。なまえは冷やすな。大事な身体なんだからな」
そう言って膝掛けを、私に掛けなおすと優しくお腹を撫でてくれる。
「この桜が満開になったら産まれるかな?」
お腹を優しく撫でてくれる手からの想いに瞳を細めて微笑むと微笑み返してくれて…
頭上に広がる青い空をバックに存在する木の枝を仰ぎ見て口にした。
お腹を愛おしげに見つめたはじめくんに少し主張を始めたお腹に視線を移した。
「あぁ、産まれているだろうな」
「さくらにちなんで、さくらにしようか」
「…腹の子は、男だと言っていたが?」
「あっ、そうだった」
「母親に似て、そそっかしくならなければいいが」と口にしたはじめくんの慈しむ視線に、そんなところも好きなくせに…と頬を染めた。
「ねぇ、はじめくん」
「なんだ?」
「もしこの先、女の子が産まれても、一番は私ね?」
「まだ、腹の子だって産まれてもないぞ」
まだ見ぬ娘に嫉妬をするなど、可笑しな話だけど、男の人は娘にメロメロになるって言うし。
「いつまでもはじめくんの一番は私が良いの」
口を尖らした私はぷいっとそっぽを向くと、何も反応しない彼に段々不安になり振り向くと、頬に触れた柔らかなもの。
凄まじい早さで離れていくはじめくんは落ち着かないように瞳をさ迷わせた。
「此処では…此が精一杯だ…」
ぼそっと呟いた彼の不意打ちに、頬を朱に染めるのは私の番…
だって、真面目な彼は外で必要以上にくっついてこない。
手を繋ぐのだって始めは渋っていたんだから。
「じゃあ、おうちでいっぱいしてね」
二人して真っ赤になった私たち。
もうすぐ三人になるけど…
真面目だけど、天然で優しい旦那様にいつまでも、恋をしている自信がある私は今日も幸せに包まれています。
fin
[まる様によるあとがき→]