翌日。
まだ同胞の娘の救出には動かないらしいので、私は再び市中見物に出かけたいと兄様にお願いした。
遊びに来ているのではない、なんて叱られるかもと思っていたけど、兄様はあっさり許可してくれた。

何処へ行こう?祇園で舞妓さんも見てみたいし、清水の舞台も見てみたい。
美味しいお抹茶もいただきたいし…と胸を踊らせた私は兄様の

「但し、ひとりでは行かせん。伴に天霧をつける」

という一言に少しがっかりしてしまった。

ひとりで自由に見て回りたかったのに。それに伴を付けられるにしても天霧はちょっと…。
天霧のことを嫌いなわけじゃない。でも正直………ちょっと苦手。

「私といるのが退屈ですか?」

ほら、やっぱり苦手。

「…そんなことないわ。どうしてそう思うの?」
「失礼しました。先刻から退屈そうな顔をしておられたものですから」

大きくて頑丈な体つきに似合わない丁寧な口調。優しいけれどどこか他人行儀な態度。
…夫婦になったら、少しは変わるのかしら?
そう。実は天霧は兄様が決めた私の許嫁だ。
今日、兄様が天霧を伴に付けたのは少しでも私と天霧を打ち解けさせようという計らいなのだろうけれど、天霧の言うとおり先刻から会話も弾まず、私達はただ並んで同じ方向に歩いているだけだった。

ふと私と同じ年頃の女の子達で賑わうお店が目に止まり、私は天霧に声を掛け、そのお店を覗いてみることにした。
どうやら浴衣や小物類を扱っているお店らしい。

これだけたくさんの女の子達が集まっているということは、お祭りでもあるのかしら?
たまたま近くにいた女の子に声を掛けて尋ねてみようとしたのだけれど、女の子はこちらを振り返った途端、真っ青な顔をして逃げ出してしまった。

何なのかしら?と首を傾げ、後ろを振り返って納得した。
私の背後に立っていた大男、天霧は若い女の子ばかりのこの店には不釣り合いで、しかも強面の彼は黙って立っているだけで怒っているように見えてしまうのだ。
だからと言って笑顔で立っていたら、それはそれで怖いような気もするけれど。

他のお客さんも天霧に気付いて怖がっているみたいだし、お店の人も迷惑そうな顔をしている。
私は一つため息を零すと、申し訳ないけれど店の外で待っていてほしいと天霧にお願いした。
怖がられていたことに薄々というか思いきり気付いていたらしい彼は、特に気を悪くする風でもなく店の外に出てくれた。
やれやれ。天霧にはちょっと悪いことしちゃったけど、これでゆっくり浴衣が見れるわ、と思った私の頭にふと、ある考えが浮かんだ。

…今なら天霧をまけるんじゃない?

私は手近にあった浴衣を一式買って、ここで着替えさせてほしいと店の人にお願いし、店の奥で着替えさせてもらった後、そっと店の裏口から人気のない路地へと逃げ出した。

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