「OLさん、この酒…どう思う、」
「これは、とてもいい酒です…。斎藤さん、」

「……………、」

手元にあるグラスがガタガタと揺れ、透明な液体が中で揺れている様を見つめてわたしは目を見開き身体を震わせていた。
隣りでお猪口を持っている斎藤さんは、いつも通りスーツもネクタイも脱がず正座をし、再び酒を口に運ぶ。ああ、なんでわたし欲張ってグラスで飲むとか言ったの。ここは可愛らしく「わたしもお猪口で!」って言えばよかった。女らしさより先に欲が前に出た…。斬られたい。

今日は会社の飲み会だ。まあ、飲み会と言っても全員参加じゃないラフなもの。
主催者は我等が部署のお調子者代表…永倉さんだ。
彼は三度の飯より酒が好きだと自分で豪語するだけあって、飲みっぷりがとてもよかった。しかし、そんな彼も既にビール瓶の海に溺れて寝ているのが見て取れる。あ、あの隣りは藤堂君だ。さっき、原田さんと飲み比べをして負けていたからなあ。あの様子じゃ負けたんですね…。
うっわ、土方さん…あんな隅っこで何ちびちび飲んでるかと思ったら、あれって…オレンジジュースじゃない…?え、やだ、そのスタイルはすっごいお酒の似合う男!って感じなのに、手元のグラス真オレンジなんだけど…これって突っ込むべき?いや、やめておこう。命は惜しい。

明日は土曜日だから、わたしも恒例の一人飲みを楽しみにしていた矢先のこのお誘い。
誘ってくれたのは、斎藤さんと沖田さん。いつも金曜日は会議室を貸しきってのイケメンバー集会をしているのを知ったのはつい最近の事。忘れもしないブレーカー事件。
しかし、それから結構イケメンバーの人達と話すことが増えてきた。
今日だってこうして、斎藤さんと並んでお酒の話をしたり、すっごく楽しい時間を過ごせてる。お酒も入ってわたしは上機嫌だった。
他にも沢山同僚がいるけれど、元よりまとまりのない部署だった所為か、既に皆ベッロンベッロンでフリーダム。

しかし、そんな中でお酒の入ったグラスを片手に静かにスマホを弄っている人物が目の前にひとり。

「沖田さーん、全然減ってないじゃないですかーっ、そーれ、一気っ!一気っ!一気っ!」
「…OLさんちゃん、キャラチェンジでもしたの…。五月蝿い」
「ひ、酷い!斎藤さん!沖田さんのノリが悪いですっ!」
「あんたは飲みすぎだ。総司…先程からずっとスマートフォンを弄っているではないか。何かあったのか、」
「んー、彼女」


ガン、ガチャン。
そんな鈍い音が辺りに響き、わたしと斎藤さんの手元からグラスとお猪口が綺麗に机に落ちた。

ちょ、今。何て言った?ヘイ、ミスター沖田。

「か、彼女!?彼女ってあの彼女!?え、彼女できたんですか!沖田さんに!?嘘!?」
「酷い言い草だね、OLさんちゃん。ちょっとこのお酒頭から被せてもいい?」
「やだ、怖い。ごめんなさい」
「そうか、総司にいい人が、」
「はじめ君そのおじさん臭い発言やめてよ。何だかこっちが恥ずかしくなるじゃない…」

沖田さんのまさかの発言で、わたし達の酔いはヒートアップ。まさかここで沖田さんの口から「彼女できました」なんて聞くことになるとは思いませんでした。
いつもいつも人をからかって(主に土方さん)いたり、真面目に仕事をしているのは大きなプロジェクトだけ、この間なんか昼休憩の後、会議室のソファで思い切り寝ていたあの沖田さんに。彼女が。…この居酒屋、赤飯あるかな。

ペラペラとメニュー表を捲りながらも、わたしは突然舞い降りた意外な人物からの恋バナに瞳を輝かせていた。

「ど、どんな人なんですか!?聞きたい!」
「えー、」
「いいじゃないですか!減るモンじゃないし!ね!?斎藤さん!」
「ああ、総司の女関係は高校、大学と間近で見てはいたが…、あまり思い出したくはない様なものばかりだった。故、今度こそもう少しまともな恋愛をだな、」
「だから、はじめ君は発言が恥ずかしいんだってば。もう僕だって馬鹿な子供じゃないよ。それくらいわかってるでしょう」
「は、恥ずか…、」

そう言いながら、一度盛大な溜め息を付いた沖田さんは、スマホを一度タッチするとそのまま机に置いた。斎藤さん曰く、こうして沖田さんが飲み会の席で携帯機器を弄る事自体が珍しいらしい。「前に飲み会の席で、当時付きあっていた女性からの着信で、しつこく鳴り響く携帯を、店内にあった生け簀に放り込んだ」なんて、若きし頃の沖田さんの武勇伝も聞かせてくれた。おお、勿体無い。
でも、わたしが見てきたところ、今日は沖田さんの方がスマホを気にしているのは明らかだった。これは興味をそそる話題だわ。
ソワソワと落ち着かないわたしをチラリと見た沖田さんは、少し嫌そうな顔をした後グラスのビールを一気に煽った。

「別に、普通のお付き合いだよ。まだそんな日にち経ってないし、」
「へい、まずおめでとうございます!しかしこの居酒屋さんに赤飯が無いので後日作ってお持ちしやすね!」
「…いらない。ねえ、はじめ君。いつものOLさんちゃん呼んで来てくれる」
「いや、OLさんは酔うといつもこの様な頭の壊し方をするんだ。あまり気にするな…」

「壊れて無いですよ。餌を見つけて口を開ける鯉の気分です」と笑うと、沖田さんは一瞬目を見開いてから、クスリと笑った。何故笑ったのかわからなくて首を傾げると、机にあったグラスを二つ取り、一つをわたしに渡してくれた。
それを素直に受け取って顔を上げると、ビール瓶の口をこちらに向けた沖田さん。あれ、斎藤さんはスルーですか。ちょっと彼、フリーズしてますよ。

そして沖田さんによって、とくとくと注がれていくビール。

「よく考えたら、似てる。OLさんちゃんと」
「え、わたしにですか?彼女さんが?」
「うん。…なまえって言うの。可愛いでしょ。あ、はじめ君はそっちにあるでしょ?自分で注いでね」
「あ、ああ、」

「へぇなまえさんかあ。同じ会社じゃないですよね?」と、注がれたビールを飲みながら聞いてみると。驚いた。
すっごく優しそうな表情で「うん、残念ながらね」と呟いた沖田さん。こんな表情は初めて見たかもしれない。いつも意地悪な笑顔しか見ていないわたしと斎藤さんは同じくなんとも言えない顔をしていたと思う。

「ど、どんな人ですか…?」
「どんな。…そうだなあ。すっごく残念な子」
「ざ、残念だと?それは褒め言葉では無いと思うが、」
「似てると言われたわたしの立場は…」
「何言ってるの?すっごい褒め言葉じゃない。僕にとっては、何より最上級の褒め言葉だよ」

くるくるとグラスを回す沖田さんは、逆の手で机に置かれたスマホを撫でると「あのね、」と珍しくゆっくりと目を細めた。凄くやさしく。

「僕が何を言っても笑って許しちゃう残念な子。あと、何でも言う事聞いてくれるし、何より僕の事が大好きだし。告白なんて殆どコント見たいな物だった。好きですって言ってきたなまえに、じゃあ僕の大好きな物買ってきてくれたら付き合うよ。なんて冗談で言ったらさ、」
「うわ、最悪、」
「…、総司は何処まで行っても総司だな、気の毒に」
「君達だって十分酷いよ。…でもさあ。まさかあんな事になるなんて、僕だって思わなかったよ」

沖田さんが楽しそうに喋るもんだから、わたしも気になって気になってしょうがなかった。斎藤さんも、相手のなまえ…さん、に「引き返すなら今だ」なんて言っている。この場に居ないのに、なまえさん逃げて!と言いたくなる。
ああ、きっとあれだ。彼女は、ドの付くMだ。同じ女のわたしにはわかる。あと、同じ部署内でも沖田さんのファンにはアルティメットマゾが多く見られる。それは否定しない。けれど、どうも引っかかるのは、やっぱり沖田さんのその表情。
思い出しているのか、時々クスクスと笑って何だか楽しそう。

「あんな事って?」
「あっはは、思い出して笑えてきちゃった。凄いんだ。僕の好物って伊勢の赤福なんだけどね、彼女その日の内に夜行バスに飛び乗って伊勢まで買いに行ったんだよ!?会社休んでまで!本当に可愛いよね!あっははは!思わずよろしくって赤福受け取っちゃったんだ」

「…………お疲れさまっしたー」
「…ああ、OLさん、遅くなった送って行こう」
「わあい、斎藤さんありがとうございますー」

「ちょっと、」

隣りに畳んであったコートを掴んで頭を下げると、またまた不機嫌そうに沖田さんがビールを煽った。斎藤さんも流石にドン引きの恋バナである。
ああ、悪い男に引っかかって。なまえさん。顔も見た事ないけれど、何気に気になってしまう。そしてどの辺がわたしに似ていると言うのか。残念なところ!?残念なところなのか!?
再び席に着き、はあと溜め息を付いていると、沖田さんの手元でスマホがぶるぶると震えだした。

「あ、噂をすれば、なまえだよ」
「…総司、出ないのか?」

どうやら着信らしく、コールの文字と共に先程聞いたばかりの名前が表示されている。しかし、取ることも切ることもしない沖田さんは、その画面をじっと見て笑っていた。
いよいよ、わからなくなってきたわたしと斎藤さんが顔を見合わせた時、プツリと振動音が止まり、再び沈黙するスマートフォン。
あらら、結局出なかったよ。さっきまであんなに気にしていたのに。と沖田さんを見上げると、

「あれ、沖田さん。顔真っ赤ですよ?今更酔ってきちゃったんですか?」
「違うよ、」
「そもそも総司は酒が強い、あれくらいでは酔わぬ」
「へぇ、じゃあ早く彼女さんに電話を、」
「まだ、もう少し、」

その言葉に、何を?と聞き返す間も無く聞こえた言葉。



「もう少し焦らしてあげると、後々凄く甘えてくれるんだよね。だからまだ折り返さない」



次の瞬間、斎藤さんがわたしの腕とコートと鞄を鷲掴みにしてこの場を後にしたのは言うまでも無い。





色々な愛のカタチがあってもいいじゃない


(あ、なまえ?僕だよ、今ね。同僚と君が餌を欲しがる鯉みたいだって話してたんだ)
(え、私の話ししてくれてたの!?嬉しい!総司さん大好きっ!滾る!)
(君ならそう言うと思ったよ、)




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