「今回のプロジェクトは少数編成で行う。まあそこまで大きな企画じゃねえが、やるからには全力を尽くせ」
「はい!」
「えー、面倒くさいなぁ」
「総司、てめぇは人一倍働きやがれ…」

この会社に勤めだしてから、私はこの日の為に頑張ってきたと言っても過言ではない。
田舎から就職と同時に上京して来て、早五年の月日が流れていた。
田舎のばあちゃんやじいちゃん。そして私が都会へ行くのを涕ながらに快く送り出してくれた家族。「私!あっちでバリバリ仕事して、キャリアウーミャン(噛んだ)になって、イケメン掴まえて、玉の輿に乗って、大きくなって帰ってくるからね!!!」と、地元にある無人駅のホームで親族や友人一同をキョトン顔にしたあの日から、もうそんなに経っていたなんて。

「なまえちゃんおめでとう!ずっと企画チーム入りたいって頑張ってきたもんね!やったじゃん!今日は宴?宴やっちゃう!?」
「…OLさんちゃん、貴女はただ飲みたいだけでしょ」
「やだ、違うよ!まさかそんな、あっはっは!面白い事言いますね!」
「図星だ…。でもごめん。嬉しいけど、今回私は燃えてるの!早速資料まとめたり、書類作ったりしなきゃだからごめん!」
「あー、大変そうだモンねぇ…。ほら、沖田さんがチームリーダーでしょ?」

この子は同期のOLさんちゃん。この部署では結構なムードメーカーで、入社当時はお世話になった。都会知らずの私に色々ノウハウを叩き込んでくれて、私がめげずにこの会社に居続けられたのはこの子のお陰と言っても過言ではない。

そしてそんな彼女が送った視線の先には、私の目標…いや、憧れの君の姿。

「僕がなに?」
「あー、いえ。ナンデモナイデスヨー」
「僕がチームリーダーなのがそんなに不満?OLさんちゃんよりかは仕事出来るつもりなんだけど…?ねえ、みょうじさん」
「え!?あ、は、はい!!!」
「やだ二人ともわたしに凄い失礼!」

OLさんちゃんの頬っぺたを抓んで伸ばしているこの人は、沖田総司さんと言ってこの部署内に居るイケメンバーの一人。あ、イケメンバーって言うのは、土方さんを筆頭とするこの界隈で知らない者は居ないってくらいの有名グループの事。グループって言うとアイドルを思い浮かべると思うんだけど、そこらのアイドルよりよっぽど格好いいの。

「OLさん、総司。そろそろ本日の仕事に取り掛かれ」
「あ、斎藤さん」
「僕今日はやる事一杯あるから、はじめ君、小言は其れくらいにしておいてね」
「ならば小言を言われる前に行動に移せ」
「はいはい。OLさんちゃんも馬に蹴られる前に退散しよ」
「は、はい。じゃあなまえちゃん、今日も頑張ろうね!」

「………………、うん」

沖田さんは格好いいんだよ。本当に。
いつも出勤してから彼が来るまで、私はまるで恋する乙女の様に落ち着かない。出勤してからネクタイを外す仕種とか、今みたいに斎藤さん(彼もイケメンバーの一人)や、OLさんちゃんと離す時に少し背を曲げる動作とか、この間みたく前髪が邪魔だとか言ってピンで留めていた子供っぽい姿とか、パソコンを弾いている時にちらりと覗く真面目な横顔だったりとか、兎に角私は毎日が新鮮で、それ等を見れた日は一日嬉しくて、心はぽかぽかと暖かくなるんだ。

でも、私はいつも見ているだけだった。

「OLさんちゃん、今日もピン貸してよ」
「えー、今日ウサちゃんのしかないですよ、」
「いいよ、それでも」
「ひゃー!絶対似合いますね」

斜め前のデスクに、彼は良く遊びに来る。サボっているのかと問われればきっとそうなんだけれど…その行動にはきっと意味があるんだと思う。
私が名前を呼ばれないのは、そう言うことなんだ…と何度自分で落ち込んだだろう。沖田さんはフランクな部分があって、少し仲良くなった女の子でも気軽に名前で呼んだりする。でも、私はまだ一度も呼ばれた事はない。だって、上手く話せないんだもん。きっと沖田さんは私の名前なんて知らないと思う。

でも、そんな私にもチャンスはやってきた。
小さいながらも、沖田さんがリーダーを勤めるプロジェクトのメンバーに食い込んだ。この企画案が出た時、部署内で何人かの人がランダムに選ばれてそれぞれ企画書を提出した。沖田さんも文句を言いながらも提出していた。

そして、彼の案が最優秀で通った。
何だかんだで仕事は出来るからこそ、普段からゆるく自由人でも一目置かれている沖田さん。私はそんな彼の補佐としてプロジェクトチームに組み込まれた。
そこで思ったんだ。これは沖田さんと仲良くなるチャンスなんじゃないかって。見ず知らずの都会で、五年も真面目に頑張ってきた私に神様がご褒美をくださったんじゃないかって、そう思ったの。

「足引っ張らないように頑張らなくっちゃね」

そう気合を入れてパソコンに向き合うと、明日から本格的に始動する企画の準備に入った。……心は、やっぱりぽかぽかと暖かかった。


なのに。



「何で誰も、真面目にやってくれないの…」

企画が始動してから今日まであっと言う間に時は過ぎて、繁忙期にも関わらず企画に力を入れていた私は毎晩残業で、終電で帰るのが当たり前になっていた。
家に仕事を持ち帰られないので、毎日締め切りを意識して四苦八苦。窓の外に聳え立つ高層ビル群の電気が次々と消えていく様を眺めながら、毎晩パソコンに向っていた。


一人で。

「…………、皆、残ってくれたのは最初の頃だけだったな、」

今日も例にも漏れず、一人。自分のデスク上の電気だけを点け一人でパソコンと睨めっこをしていた。
企画開始時、この時間帯のオフィスは今よりずっと明るかった。他の補佐の人達も残ってくれて居たから、人の声がしたし、偶に差し入れが配られたり、皆で珈琲を入れあったり、帰りにラーメンを食べに行ったりした。
でも、いつからか「ごめん、今日は用事があって」とか「今日は外せない合コンがあって、」とか言って、いつの間にか人は減っていった。

沖田さんは、残業はしない主義だって言うのを人伝に初めて聞いた。
まぁ、自分のやる分はちゃんと仕事の合間にこなしてしまう容量の良さを持ち合わせている人だ。遅れているのは、補佐の面々。わたしはもう既に自分の分は終わらせてあるけど、他の人達の分を手伝って…、こうして…。

手伝って、…るのかな。押し付けられてるって言わないかな。
ここに来て、連日連夜の疲れがどっと肩に圧し掛かってきて、まともに寝れていない所為もあって、何だか心が折れてきた。最近、田舎のばあちゃんとじいちゃん、家族や友人の優しい笑顔を夢に見る。

「相当、参ってるなぁ…私、」

これが、もし。
もし、OLさんちゃんだったら、沖田さんは今このオフィスに居てくれたんだろうか。
真っ暗になったオフィスの一つのデスクを見て、そう思った。目頭が何だか熱いな。いつの間にか、ぽかぽかと暖かかった心は、冷えてチクチクと針で突かれたみたいに疼いていた。

もう、仕事辞めて…田舎に帰っちゃおうか…。
私が独り抜けたところで、困ることなんて…ひとつも、


「お疲れ様、」
「っや!!冷たいっ!!え!?冷たい!?」
「あーあ。こんな目真っ赤にして。ねえ、君って自己犠牲趣味でもあるの?」
「お、おおおお沖田さんっ!?」

突然、背後から頬に冷たい物が押し付けられて思わず椅子から飛び上がってしまいそうになった。驚いて振り向くと、そこには缶コーヒー片手に私を見下ろしている沖田さんが居て。身体を仰け反らせた私はただただ彼を見上げて口をパクパクと動かすしか出来なかった。え、何。何で!?

「ごめんね」
「え?」

未だ珈琲も受け取らず何も言えないで居た私に向って、唐突に静かな声が掛けられた。コトンとゆっくり私のデスクに置かれた缶コーヒーは、私がいつもお気に入りで飲んでいる目柄の奴で。社長さんが「うちの会社の自販機に無い珈琲の銘柄は無い!」と豪語していただけあってコンビニか!って位に充実している。偶然にもそれを持って現れた彼の首元には、いつもは見られないネクタイがあった。

「ある人から、君が残って人一倍仕事してるって聞いちゃったから」
「だ、誰が…」
「それは内緒。まさかと思って戻ってみれば、もうこんな時間なのにオフィスからシクシク泣き声は聞こえるし、僕さぁ、幽霊とか苦手なんだよね。信じてないけど」
「ご、ごめんなさっ、」

もう自分が解らなくなって来て、それに加えて沖田さんの声が何だか心に沁みて、勝手に涙が溢れ出す。膝の上で握りこんだ手の甲にぽつぽつと涙が落ちては消えていった。

そんな私を見て小さく溜め息を吐いた沖田さん。そしてゆっくりと膝を曲げてしゃがみ込んだかと思えば、私の手の甲に落ちた涙をその大きな手の平で拭ってくれた。触れたところから、またじんわりと暖かくなって、身体がぽかぽかと解れていく。

「なまえちゃんが居てくれるから、きっとこの企画は上手くいくよ」
「あ、………名前、」
「あれ?違った?みょうじなまえちゃんでしょ?君、」
「は、はい!そうですっ!沖田さん知らないかと思ってました!」

ぱっと顔を上げると、しゃがんでいる沖田さんの顔が直ぐ側にあって、私を見上げている。それが何だか可笑しかった。


「僕、君みたいな頑張り屋さんは嫌いじゃないんだ」


沖田さんはちゃんと私を見据えて、いつもOLさんちゃんに向けている様な優しい笑顔でそう言ってくれた。
一度家に帰った筈なのに戻ってきてくれて、更に名前を知っていてくれた事と、こんな側で彼と言葉を交わしている事。全部が、夢みたい。

「今日はここまでにしようよ、僕夕飯まだなんだよね。お腹空いちゃった」
「あ、で、でも!まだ終わってないです、よ?」
「だってそれは他の人のやる分でしょ?大丈夫。明日僕が直接言っておくよ」
「は、はい!」
「なまえちゃん、美味しいラーメン食べられるお店教えてよ」
「はい!私の故郷にあった美味しいラーメン屋さんと張る位のお店知ってますっ!」

立ち上がって伸びをした沖田さんは、一度ネクタイを締め直してから笑って私の頭をぽんぽんと撫でた。


「じゃあ今日はそこに行こうか。でもいつか君の故郷にあるお店も教えてね」


ばあちゃん、じいちゃん、みんな。
私頑張ってるよ。




ぽかぽか

(OLさん。総司はちゃんと真っ直ぐ会社に向ったそうだ。メールが入っていた)
(わあ、よかったぁ!こりゃあカップル誕生ですかねぃ!?ね!斎藤さん!)
(………あ、ああ)
(店員さーん!めでたいから生中おかわりっっ!!!!!)
(………………はあ)




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