「沖田さん!沖田さんっ!これ、この芸人って何て言うんでしたっけ!?」
「え…、なんだっけ、左之さんわかります?」
「あー?こいつか…、あー…あれじゃねぇか、あのー…、アレだよアレ」

「…スギちゃん、ではないのか、」
「「「それだ!」」」


華の金曜日。
前にも話たと思うんだけど、金曜日って素敵。響きからして素敵過ぎて泣きそう。
翌日仕事が休みだというだけで天にも昇る気持ちなんだけど、それに加えて大好きなお酒が飲めるなんて。

時は遡って本日午後。わたしと斎藤さんが食堂で並んで昼食をとっていた時の話だ。
何処からともなく現れた原田さんと沖田さんにわたし達は突然華麗なクリップラー・クロスフェイスをお見舞いされた。
いやいや、うそウソ。普通に背後から首元にホールド喰らわされただけです。いや、十分に痛かったんだけどね。そしてわたしが食べたものを喉に詰まらせて泡を吹いていた所に掛けられたのは「今日斎藤の家で飲み会しようぜ」との言葉。沖田さんの逞しい腕が喉元に食い込んだ状態で驚くのは至難の業だった。ラーメン出るかと思った。
まあ彼等が言いたいのは、つまりこういう事。
「会議室飲みもいいけれど、たまには誰かのお家でのんびり飲み交わそう」と言う事。
居酒屋でいいじゃないか母さん。と某えなり君の物まねで言うと「のんびりって言ってるでしょう?」と黒い笑みを称えた沖田さんにひと蹴りにされてしまった。
まあ斎藤さんのお家は独り暮らしにしては広くて、イケメンバーが全員で押しかけても難なく収まってしまう。わたしもお付き合いを始めてから何度かお邪魔させて貰ったけれど、その広さ故どうしても邪な考えが後を絶たなかった。お金持っ…ゴホッ。


そして、あれよあれよと言う間に開かれた、斎藤さん宅での飲み会。
メンバーは何気にプロレス好きらしい沖田さんと原田さん。そして藤堂くんに永倉さん、そして土方さん。
その仲良しイケメンバーに食い込むカタチで、わたし。
「参加してもいいんですか?」と聞くと、「そこは彼女の特権じゃない」と沖田さん達は歓迎してくれた。


「しかし、何故俺の家なのだ…。総司の家も十二分にこの人数が入るだろう」
「えー、やだよ。僕があまり他人を自分の家に上げたくない人なの、はじめ君知ってるでしょう?」
「…俺とて同じだが、」
「OLさんちゃんをいつも連れ込んでるじゃない、何を今更駄々捏ねてるの?」
「OLさんは恋仲だ。問題ない。分かっていて聞くな」
「あー、斎藤の口からノロケ話しを聞かされる日が来るとはなあ…」


背中につけた頭に直接的に響く低い声がとても心地いい。
なんだか斎藤さんが不機嫌な声音で呻いているのが聞こえるけれど、既に何本もビール缶を開けたわたしには、それが何故だか理解しかねていた。
そう。感のいいみんなならもう気付いていると思うんだけど、この時。わたしはまたもや座椅子だと思っていたのだ。


原田さんを。


「みょうじ、頭痛くねぇか?」
「なんでですかあ?」
「いや、背骨とか色々…。まあいいか、お前がいいってんなら俺は構わねぇよ」
「あはは、原田さん声がいつもよりエロいですね、流石ですね!ホストが服着てるみたい!」
「OLさんちゃん。その発言。僕的には凄く面白いけどはじめ君が、ドッキリ仕掛けた時に怒り狂った土方さんみたいな顔になってるよ」
「……………、」


原田さんの背中に持たれ掛かって、32インチのテレビを眺めているわたしの右頬に何かチクチクとした視線が刺さっているが、飲んでいるビールの美味しさに今は何も考えない様にしていた。どうやら斎藤さんがテーブルを挟んでジッとわたしを見ていたらしいんだけど、この時ばかりは「酒乱みょうじ」の名を欲しいままにしていた。
よく見たら、永倉さんと藤堂くんは壁に持たれ掛かって何やら談笑をしているし、土方さんは、わたしが斎藤さんに貸した漫画を読み始めちゃっているし、まさに斎藤さん家に似つかわしくない程のアウェイ状態だ。
ああ、土方さんその漫画面白いでしょう?斎藤さんは読んでくれたかな、少女漫画。「必ず読み切る。その際は感想を聞いてはくれぬか」と、至極真面目に言ってくれた斎藤さんだったけれど、わたしは「うほほほ、少女漫画読みふける斎藤さんとか、なにそれオモシロ」ってな感じで、面白半分に押し付けた物だ。


「OLさん、あんたは先程から何故左之の背中に凭れ掛かっている。いい加減離れては…」
「へ?原田さん?原田さんがどうしたんですか?」
「いや、だから…」
「はじめ君、はじめ君。はっきり言わないと酔っ払ったOLさんちゃんには伝わらないって言ってたじゃない、」
「総司…。面白がっているだろう、」
「え?やだなぁ、別に嫉妬に怒り狂ったはじめ君を肴にお酒を飲もうなんて考えて無いよ」
「……、まあそうだよな。ほら、みょうじ。俺が斎藤にビール瓶で殴られる前に離れろ」


突然、いつも女の子には優しい原田さんから言われたその言葉。
どうやら「離れろ」と言う単語だけを鮮明に拾ったわたしの脳みそは、一気にスイッチが切り替わった。本当に、カチって言う音まで聞こえる始末。いや、普通に考えたら斎藤さんに気を使って言ってくれたんだろうと気付くところだが、ほら。お酒が…以下略。そして、ふわふわした頭が考えたのは「あの、あの原田さんが。わたしに、離れろ…て言った」と言う、突き放された感。
この時わたしは凄い速さで負の連鎖に陥っていた。独りで。

ざっくり説明すると、

あの優しい原田さんが「離れろ」と言った…うう悲しい→優しいといえば斎藤さん→斎藤さんに離れろって言われたらわたしどうなっちゃうんだろう→やだ、離れたくない→でももし言われたらわたしはどうするんだろう?→「斎藤さん!捨てないで!」なんて言って縋り付くんだろうか→さ、斎藤さんがわたしに離れろって言ったら…?


→それはつまり、別れ話→カチっ!


「やだっ!嫌です!なんでですか!?なんで突然別れようとか言うんですか!?嫌です!わたし何でもしますっ!もうお風呂入っている時に、ちょっと失礼とか言って扉開けたりしませんからっ!だから別れるなんて言わないでくださいっ!!!」

「は?」
「っ、」
「あっははははははは!!!!」


ぶわ、っと両目から涙が溢れ出し、座椅子だと思っていた原田さんにしがみつく。弁解しておくと、この時わたしの視界には斎藤さんが六人居た。笑い転げている斎藤さんと、お互いに肩を組んで酒を飲んでいる斎藤さんと、少女漫画をちょっとうっとりとした表情で読んでいる斎藤さんと、ぽかんと口を開けている斎藤さん(多分これが本物)。そして、今目の前にはビールを片手に真っ赤な顔をした斎藤さんだ。「あれ、こんなに顔の位置が遠かったかな?」とか思ってた。でも実際わたしがしがみ付いたのは、原田さんその人だった。


「左之…、あんたは…」
「誤解だ斎藤!よく見ろっ、俺は何もしちゃいねぇだろっ!」
「その前にOLさんちゃん、はじめ君のお風呂覗いてるの…?」

「うわあああんっっ!離れたくないぃいーっ!!」


いよいよ本格的に泣き出したわたしを見て、目の前の斎藤さ…原田さんが頭を抱え、笑い転げていた沖田さんは、目尻に乗った涙を指で救っていた。
いつの間にか永倉さんと藤堂くんは、大口を開けビール瓶を抱えたまま眠りこけているし、土方さんはまだ別の世界に行ったまま帰って来ない。アウェイを通りこして、まさにカオス。
わたしはと言うと、感じる体温とは別にいつも抱き締めて貰った時に感じる匂いが違おも、一度入ったスイッチを切り替える術を知らないまま、目の前のワイシャツに顔を埋めていた。

すると、ぽんと肩に乗った大きな手の平。
真っ赤になった鼻を啜りながら顔を上げると、にっこり笑った斎藤さ…沖田さんが、わたしの名前を呼んで両手を広げていた。


「左之さんばっかりズルイでしょ?僕は?」
「う、うえぇええええーーーんっ!」
「総司、みょうじは酔ってんだぞ。あんまり面白がってやるなよ、」
「あはは、本当にぶっ飛んでるね。お酒って怖いなあ。いつものOLさんちゃんだったら、とんでもない目で僕を見てくるのに」


今度は笑顔の斎藤さんの胸に飛び込む。
またまた知らない匂いだったけれど、その広くて逞しい腕に抱かれるとなんだか安心する。ぽんぽんと赤ちゃんをあやすみたいに背中を撫でられて、わたしは「ああ、よかった。やっぱり斎藤さんは離れろなんて言わないですよね!」なんて喜びに浸っていた。ここまで語っておいてなんだけれど、殴りたい。この時の自分を。


「斎藤さん…、」
「残念。僕は沖田だよ、OLさんちゃん」
「わたし、凄くチュウが…死体です」
「字が違うね。でも、僕もOLさんちゃんだったら、いいかなあ…」


グッ、と背中に周った腕に力が篭り、さらに顔を寄せられて「斎藤さん、大好き」と思ったところで、わたしの身体は一気にグルリと景色を変えた。



「もういいだろう、」



ごん。と鈍い音がして、何か固いものに後頭部が触れる。
そして、やっぱり脳内に響く低い声。

同時に感じた匂いは、いつもの大好きなそれだった。


「あ、頭、頭打った…痛い、っ」
「OLさん、顔を上げろ」
「え?」


頭上から聞こえたはっきりとした声に、反射的に顔を上げたわたし。
その瞬間、唇に温かい感触。
そして、そのまま身体の芯まで震える様な甘い痺れと共にわたしの意識はぷつりと途切れた。
まどろみ、ぼんやりとする意識の中で斎藤さんのいつもより1オクターブ低い声と沖田さんの笑い声。そして原田さんの呆れ声が聞こえて、夢と現実の境目が曖昧だと、唐突に思った。包み込むように斎藤さんの体温が身体にあって、彼の声が聞こえる度に後頭部に安心感が広がっていく。



「はじめ君。お酒の席での可愛い冗談じゃない、そのビール瓶下ろして」
「あんたがアレくらいで酔うはずが無いだろう。大人しく観念して殴られてはくれぬか…総司」
「いやだよ、それを言ったら左之さんだってOLさんちゃんを泣かせたじゃない。それに対してのビール瓶は無いの?僕だけ?」
「そうだったな。左之…」
「斎藤、お前酔ってんだろ…」

「酔ってなどいない。酔っているOLさんを介抱するのが俺のいつもの役目だ。あんた達にその権利を渡してやるつもりも無い」
「取らねえって。取らねえから、取り合えず瓶置け。な?」
「あーあ。ホントはじめ君って、OLさんちゃん大好きなんだから。僕達が居るのにキスとかしちゃうキャラじゃないくせに…」


楽しそうな笑い声と、斎藤さんの匂いに包まれて
わたしは眠りに落ちていった。
ああ、やっぱり



お酒って、美味しい。






そして翌日は大反省会


(あんたはもう他の男と酒を交わすな)
(え?またわたし何かやらかしたんですか!?)
(盛大にな…。俺とて身が持たん…)
(うう、わかりました。でも斎藤さんとだったら…?)
(無論。問題ない)
(わあい!)


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