「では、これから新婦様の着付けに入らせていただきます。新郎様は担当の者が居りますので、宜しくお願い致します」

「はい。ではなまえ、また後ほど」

「わっかりましたー!はじめ君は寝癖、ちゃんと直してもらってくださいね」

「っ、」


何とか時間内に会場に着き、控え室の扉の前で盛大に赤面したはじめ君は、未だびょんびょんしている寝癖を抑えて逃げるように部屋を後にした。
着付け担当のスタッフさんとくすくす笑っていると「素敵な新郎様ですねぇ」と付け加えられた。

たくさんのメイク道具に囲まれた大きなドレッサーの前で、その心地いいおっとりとしたスタッフさんの声音が緊張を解してくれた。そこでノロケてもいいんだけど、そうするとわたしが止らず暴走するのは目に見えているから、大人として黙っておく。


「では、ドレスの方は背中で着るタイプなので先にヘアメイクをさせて頂きます。打ち合わせ通りで、変更などございませんか?」

「はい、大丈夫です。ちょっと顔浮腫んでますけど、その辺はプロのお力で何とかしてください。切実にお願いします」

「あ、は、はい…」


当日はスッピン会場入りが基本。
人生の先輩方の意見を取り入れると、前日の6時以降の飲酒は御法度らしい。何それ健康診断かよ、とか突っ込みを入れたけど、うん。見事に浮腫んだね。揺ぎ無いね。人生の先輩って偉大だね。
昨晩ははじめ君ほどではなかったけど、それなりに緊張はしたし、飲まないと寝られなくて寝坊するかもしれないって不安の所為で、結構飲んだ。案の定、はじめ君は眠れず寝坊したわけだし?わたし間違ってないよね?ね?浮腫んだけど。

わたしの髪の毛からセットしにかかったスタッフさんは、若干引き攣った笑みを湛えながら「頑張ります」とそう言ってくれた。
わたしと同い年くらいだろうか、プロの手付きで分け目をたくさん作っていく彼女をドレッサーを通して見上げてみる。すると、目があってにこりと笑いかけて「緊張してますか?」とお決まりの台詞。


「緊張しない人って、今まで見た事ありますか?」

「うーん、そうですねぇ。こういう仕事をしていると、それなりにハプニングは付き物ですけど、緊張してなかった新婦さんには…そういえば、お会いした事無いですねぇ」

「じゃあ、記録更新ですね」

「ふふっ、お姉さん面白いですね」


おっとりとしたスタッフさんは、わたしが事前に決めたヘアカタログを見ながら、綺麗に髪の毛をセットしてくれている。その手は、働いている人の手だった。まるで魔法みたいだ。
世間話を交えながら、まるで友人の様にわたしの話を聞いてくれる彼女のお陰で、さっきよりも緊張が解れていくのを感じる。何度も言うけど、プロすげぇ。
笑い、笑わせしている内に、いつの間にかカタログ通りのセットが出来て思わず「おお」と歓喜の声を上げてしまった。スッピンだから見るのは髪の毛だけですけど。


「あまり、お客様にこう言う事、本当は言っちゃいけないんですけど、新郎さんすごくかっこいいですね」

「う、はい…。わたしには、勿体無いくらいイケメンで困っちゃいます」

「ふふ、そんな事ないですよ。すごくお似合いだと思います。馴れ初めなんか聞いちゃってもいいですか?」

「普通ですよ〜?わたしこの間までOLしてたんですけど、まぁ所謂社内恋愛でして」

「うわあ!憧れますーっ!!!」


わいわいきゃあきゃあ。
実はそこらかしこに、酒による珍エピソードがあったんです。って恥を忍んではじめ君との大恋愛(自称)を面白おかしく語っていると、彼女は涙目になって笑っていた。
「新婦さんのお話聞いていると手元が狂います」と冗談を言う彼女に、それは困る!なんて突っ込んだりしていると、いよいよメイクへ取り掛かる。ここで手元が狂われると、悲惨ですよなんて笑いながら言っていたら「それでは、少し緊張して頂きましょうか」と、控え室の扉の方を振り返った。

静かになった控え室には、扉の向こうから、おそらくゲストの人達が集りだしたのだろう、賑やかな声が遠くから聞こえてきた。
彼女の言うとおり、ここで一気に現実味が戻ってきて自然と口元が引き締まる。
はじめ君は、もう着付け始めたかな?いつ覗きにきてくれるかな?その前に友人たちも覗きにきてくれるかな?なんてぐるぐる考えていたら「はい、できました」と、おっとりとした声が聞こえた。

ドレッサーを見上げると、いつもは絶対にしないだろう上品なメイクがされていて、はじめ君が一生懸命選んでくれたドレスにも置いていかれないだろう、凛と座るわたしがこちらを見ていた。


「おお、凄い…、ほんと魔法だ…」

「ありがとうございます。早く新郎さんに見せたいですねぇ」

「う、言わないでください…っ、緊張で吐きそう」

「皆さんそう言われるんですけど、大丈夫です。大抵吐きません」

「…お姉さんも相当面白い人ですよ、」


この短時間で意気投合したわたしとスタッフさんは、遠くから聞える賑やかさに拍車がかかる控え室で、仕上げまで穏やかに過ごす。
最後の大仕事であるドレス準備に取り掛かり、身体を締めるインナーが曲者だったけれど、何とかなった。
これから長時間、この腹の締め付けと仲良くしなきゃいけないのはアレだけど、はじめ君が選んだドレスは、プリンセスラインでも、Aラインでもなく、スレンダーラインドレスだから、油断は禁物よ。…いい、開放された時を想像して耐えるのよ。
若干脂汗が滲む額を拭われて、ドレスを着込んでいく。
あ、シンデレラって魔法で一瞬にして綺麗にしてもらうから、この苦労は知らないんだよなぁ…なんてどうでも良い事を考えながら、着々と変身していく自分の姿を見ていた。
…でも、実はドレス選んだ時より、サイズちょっと増えてた。死にたい。


「はい、お疲れ様でした。素敵です」

「あ、ありがとう…ございました、」


そして。足先まで映るドレッサーの中には、過去に酔っ払って自販機に縋りついて泣いていたり、道路で寝ていた時の自分の面影なんて微塵も感じさせない花嫁姿の自分がいた。


「今から新郎様に着付けが完了した事をお伝えしてきますが、その後はゲストの方も控え室にお呼びする事ができます。ですが、セットが崩れるといけないので、新婦様は腰掛けたままでお願いします。後は担当者の指示に従ってください」

「はい、本当にありがとうございました!なんだか今は、思った以上に緊張してないみたいです」

「あ、じゃあ。記録ストップですね」

「これ着てなかったらガッツポーズしてました」

「ふふ、今日は陰から見守ってますね!泣いちゃうかもしれません」


ええ人や。
手を振る彼女を見送って、漸くここに来てから初めての一人の時間。

ほっと息を付き、扉の向こう側に思いを馳せる。はじめ君大丈夫かな、寝癖直ったかな。
盛大に跳ねていた髪の毛を思い出して一人ニヤニヤ笑っていると、扉の直ぐ向こう側からこちらに向ってくる複数の足音に気付く。
お、噂をすればはじめ君かな?と、動かないように言われたから、椅子に腰掛けたまま扉の方を振り返る。すると、コンコンとノックの音が聞こえてスタッフの方が「宜しいでしょうか」と声が聞えた。
それに返事をすると、次の瞬間わたしは口を開けて固まった。


「やあ、なまえちゃん。久し振り。馬子にも衣装って言うつもりで来たけど、やっぱり馬子にも衣装じゃない」

「おーーっす…ってスッゲェエエエ!まじでなまえか!?すっげぇキレぇだなぁ!」

「よう、元気そうだな。平助じゃねぇけど、ホント…綺麗だぜ」

「…なんだ、見違えたじゃねぇか」

「因みに俺はビデオ係だから、今日は任せておいてくれよな!くっそー、なんで斎藤なんだ!なまえちゃん!」


と、何やら見慣れた顔ぶれが並んで居た。囲まれたスタッフさんの笑顔が若干引き攣っているのは、見なかった事にするとして、すげー失礼なことも聞こえた気がしたが?

まさかの、新郎より先にきちゃうゲストのイケメンバー陣。

いや、あなた達の方がとんでもスゲェイケメンっぷりなんですけど。何ですか、ここどこかの高級ホストクラブかなにかですか?目が焼けそうです。眩しくて。
突然の襲撃についていけてないわたしにはお構い無しで、控え室をあっと言う間に占拠した彼等は、まるで動物園でパンダを囲んで「すげーすげー」と写真を撮るみたいに、一斉にスマホを向け、呆気に撮られているわたしを撮っている。わたしパンダじゃないよ?ちょ、沖田さん近い、スマホ近い。マクロ撮影にも限界はあると思うんですが。

土方さんに至っては、何だかちょっと目尻抑えてますけどあなたわたしの父親ですか?違うでしょう?


「み、皆さん、本日は遥々…ありがとうございます。と言うか、お早いお付きで…」

「ほら、今日土方さんが仲人役なんだろ?オレ達もそれに引っ付いて会場入りしたんだ」

「と、藤堂くん待って、ドレス踏んでます」

「うおあ!わ、わわわわりぃっ!」


さっきまでのスタッフさんと作り上げたのんびり空気は彼等の登場にて、一気に消えうせた。パーッて「のんびり」が散っていくのが見えたもん。
ジャケットを肩に掛けていた原田さんが、人数分の椅子を引っ張り出してきて「まぁまぁとりあえず座ろうぜ、新婦びびらすな」と、さり気無く居座る宣言してくれた。いいんだよ、別に!居てくれてもいいんですけど、わたしちょっと余韻に浸りたかったなーーーとか思ったり?今まで色々あったなぁ…って一人で人生振り返って、メイク気にしながら涙するところじゃないのココ!?


「そう言えば、斎藤はどこ行ったよ」

「ああ、寝癖直してます」

「あっはは、はじめ君ってば、ここぞと言う時にどこか抜けてるんだから」

「総司…てめぇも今日時間ギリギリだっただろうが、」

「やだなぁ土方さん。いつもの事じゃないですか」


ああ。この会話、この空気。なんか突然会社の空気だ。
ついこの間まで毎日近くにあったこの空気を懐かしいとさえ思ってしまう。そんなに経ってないし、沖田さん達は何だかんだではじめ君のお家に遊びに着たりするから、わたしだって退社以降も何度か逢っているのに。

でも変なの。
なんだかさっきよりもずっと、居心地いい。


「あ、噂をすればじゃない?」


耳がいいのか、気配に敏いのか、沖田さんがふと扉を振り返る。みんなが一斉に扉の方を見たから、釣られてわたしもそちらを見やる。
すると、ばたばたと騒がしい足音の後に、扉の前で深呼吸をしている音がする。それに噴出したのは沖田さんと藤堂くん。
そして、コンコンじゃなくてゴンゴンッて鳴った扉に返事をすると、綺麗に着付けてもらった筈なのに、既に乱れ気味なはじめ君が息を切らして飛び込んできた。


「なまえ!!総司達が今こちらに着いたと聞いてっ………!!!」

「はじめ君…、ご覧の通りです…」


扉を開け放ったままの格好で固まってしまったはじめ君は、既に控え室に居座っているイケメンバーに手を振られていた。あ、寝癖直ってるし、すごく恰好いい、どうしよう。

同時に、わたしは分かってしまった。
その瞳は、飛び込んできてから、わたしに照準を合わせたまま動いてない。


「どう、ですか…?はじめ君が選んだ、ドレスです、よ?」

「…っ、」

「……綺麗に、してもらいました、よ?」

「………っ、だ、」


フロックコートに身を包んだはじめ君が、目を見開いて漸く口にした言葉は、きっとわたしの忘れられない人生の一ページになる。なんて、穏やかに微笑む。ああ、神様。彼と出会わせてくれて、本当にありがとうございま、


「誰かと思った…」


「………………、」


……す?



ちょ、ひどくない!?


(あっはっはっはっは!!!!)

(待て斎藤。混乱するのは分かるが、ちょっと落ち着け)

(ひーっはらいてぇ!はじめ君って命知らずなとこあるよな!)

(バッチリビデオ取ってるからこれ焼いてやるななまえちゃん!!)

(…永倉さん、テイク2を所望します)

(ち、違うのだ!!!!!)

(斎藤、お前のそう言う素直なところ、俺は評価してる)

(土方さん…っ!)

(しまいにゃ泣きますよ…)



2014.12.14

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