どうしよう…。
間が持たないってこういう事を言うんだと思うの。

「………では、日が暮れる前に終わらせてしまおう、」
「は、はい!」

本日は、平隊士も幹部も揃って屯所の大掃除に繰り出している。
なんでかって?それは突然、近藤さんが大量の川魚をお知り合いから分けて貰って来た事から始まる。近藤さんの生まれ育った武州にある多摩郡の村からこの京へと来ていたらしいそのお知り合いの方が、用事の合間にふらりと釣りに出掛けたところ、何ともその日に限って大量だったらしく、持ち帰りに困っていたとの事で頂いたのだと言っていた。それに皆は大歓喜。大所帯である新選組へと久し振りのご馳走がやってきたのだから。
…と、そこまでは良かったんだけど、近藤さんは悪気が微塵も感じられない満面の笑顔で続けざまにこう言った。
「折角のご馳走だ!この際目一杯腹を空かせてから食べようじゃないかっ!」と。
その声に、そこらから「ええええ!?」と言う声が上がったが、隣に控えていた土方さんの殺気(わたしでも感じた)に頷くしか術が無かった隊士の皆さんは、既にお腹も減っているだろう天辺から少し傾きかけた太陽の下、肩を落としつつもそれぞれの振り分けられた持ち場に散っていった。

そして、わたしは。八木邸と前川邸の境にある井戸へと振り分けられたんだけど…。

「この井戸は毎日皆が使う故、一段と洒掃せねばなるまい。手早くやってしまおう」
「はい、じゃあわたしはあちらをやりますので、」
「ああ、俺はこちら側から始めるとしよう」
「お願いします」

まさか、同じ持ち場が斎藤さんだったとは思わなかった。
わたしは持ってきた箒で井戸の周辺の枯葉を集めにかかる。思わず斎藤さんに背を向ける形で小さくなってしまう。どきどきと高鳴る胸とは反対に、箒の柄を掴む手が震えてしまった。

斎藤さんはいつも誰にでも無表情で、わたしと年が近いらしいのに凄く落ち着いている。いつも千鶴ちゃんや平助君達と騒いでるわたしとは正反対で、きっと彼も騒がしい女子だなんて思ってるんだと思うの。偶に廊下などで会ったりするけど、交わすのはいつも挨拶程度で今更何を話していいかなんてわからない。
本当は、もっともっと色々お話したいんだけど、わたしとお話する事で元より良くない印象が、もっと悪くなってしまうんじゃないかと懸念してしまう。

それだけは避けたい…。
ざっ、と掃いても掃いても落ちてくる枯葉を睨みながら、わたしは鼻でふんっと息を吐いた。

「…みょうじ、」
「……………、」

「みょうじ、」
「は!?ひゃいぃっ!!!」

突然、後ろから声を掛けられ名前を呼ばれ、思わず変な返答になってしまった事に気付き振り向いた時には、わたしの視界に斎藤さんの白い襟巻きが映っていた。
ひゃい…だなんて、可愛らしさの欠片もないじゃないか。なんで彼の前だとこうも緊張して上手く言葉が出てくれないんだろう。これじゃあ変な人と思われても仕方が無い。何をするでもなく、ただ自分の株を落としていくだけじゃないか。
そう一人落ち込みながら顔を上げると、何だか困惑した様な斎藤さんが同じ様にこちらを伺って居て。その表情を受け、更に落ち込んでしまう。

「うう、なんでしょう…」

取り合えずやる事はやらなくては、と手を休めず足元を掃っていると、井戸の周りにある雑草を刈っていた彼が小さな声で、ぽつりと呟いた。

「あまり、怖がってくれるな…。どうしていいかわからなくなる故…、」
「え…あれ、嘘…わ、わかっちゃいました?」
「ああ、いつも雪村や平助達と居る時とは正反対だからな。あんたは、その、…賑やかな方が性に合っていると思うのだが、」
「み、見られていたんですね。えっと…こ、怖がってる訳じゃないんです…ただ、」

ざかざかと更に音を立て足元を掃いていたわたしから気まずそうに視線を逸らした斎藤さん。再び雑草を丁寧に刈り取っていくその横姿を眺めながらも、わたしは頭の中で彼に伝えたい言葉を一生懸命に捜していた。
怖いんじゃないんです。いや、確かにちょっとだけ近寄りがたいなぁなんて思ってはいたんですけど、それは出会って始めの頃だけで、

今は全然違って…。


「俺もこの性分故、あまり口が上手い方ではない。女子相手に楽しませてやれるような技量もないのだ、すまない」
「ち、違いますっ!本当に怖いなんて思ってません!…あ、思っててもほんの少しだけです」
「…そ、そうか。少しか、」
「ああ!?これじゃあまるで弁解になってませんよね!そうじゃなくて、」

もごもごと上手く回らない舌を口内で遊ばせた後、掃いていた箒を止めて斎藤さんの隣りまで歩いて行く。こうなったら、この気まずい雰囲気を全て無かった事にしてしまおうか。
いつの間にか顔から火が出そうになっているのと、掃除が少しも捗らない事は置いといて、今は兎に角斎藤さんに少しでも近付きたい一心で、足を揃えた。そんなわたしを見上げた蒼い瞳が真っ直ぐわたしを射抜いて、太陽の光を浴びてゆっくり細められる。

「わ、わたしは、もっと斎藤さんと仲良くなりたいですっ!」
「は…?」
「いつも落ち着いてる斎藤さんに憧れてて!貴方を知りたいと…もっとお近づきになれたらいいなぁってずっと思ってました!」
「…な、」

屯所中に聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい大きな声が出てしまった事に気付いたのは、わたしを見やりながら口を開けて固まってしまった彼の姿を見てからだった。

やってしまった。
同じ様に口を開け、互いを見合う様にその場で凍りついたわたし達は、暫くの間その状態で、鳥の鳴く声を聞いていた。
斎藤さんは、刈った雑草を握ったままその場でぴくりとも動かないし、何も言ってくれない。わたしは、場所も考えずに言いたい事を言い散らかしてしまったから、頭はすっきりしていたけど、その中身はどうだろう。考えてみたら、わたしが斎藤さんに想いを寄せてると言っている様なものではないか。

「すすすすみませんっ!迷惑ですよね!ちょっと頭冷やしてきますっ!!!」

いよいよ沈黙が耐えられなくなってきて、逃げるが勝ちとばかりに足を踏み込むと「待て!」と言う、いつもより少し高めの声が耳に届いた。
同時に、掴まれた手首。はらはらと足元に抜かれ萎れた雑草の緑が映った。






前頁 次頁

bkm

戻る

戻る