「ねえねえはじめ君、」

「………、嫌だ」
「まだ何も言ってないじゃない」

酒も入っている所為か、いつもより何倍もニヤ付いた口元を隠す事無くこちらにやってきた総司に、嫌な予感しかなかった俺は即座に身を引いた。
それでも「まあまあ、飲んで」とこちらに缶ビールを差し出してくる総司を睨み付けながら、俺は心の中で「やめろ。何も聞くな」とただ繰り返し唱えていた。

本日は、金曜日。所謂週末と言うものだ。
土方部長を筆頭に総司や俺、そして左之や平助、新八達とこの会議室で酒を飲むのはいつからか、恒例の行事と化していた。
普段、帰宅してからシャワーを浴び、寝る前に少しばかり寝酒をするのだが、金曜日に限っては違う。会議室を貸し切り、周りの会社の電気が消えるまで皆で酒を飲む。特に強制ではないのだが、断る理由も無い俺は、誘われるがままに参加していた。

参加しなかった日は、あの日以外…一度もない。
そう、あの日以外。

「それで?OLさんちゃん、どうだった?」
「…何の話だ」
「あ、眉が動いた。何過剰反応してるの?分かり易いなぁはじめ君」
「…帰る」

「待て待て待て!斎藤っ!俺にも聞かせてくれよっ!」
「あ、新八さん」
「…………、また鬱陶しいのが、」

肩に信じられないくらいの重みが加わり、思わず身体を揺らした俺は、右側から漂うきつい酒の匂いに顔を顰めた。こいつは脳まで筋肉で出来ているのではないかと思う程に体重が掛けられて、軋む骨が情けないと俺を責める。
既に出来上がっている新八と総司に挟まれ身動きが取れなくなった所で、再びあの質問が俺に掛けられた。

「んで?OLさんちゃん!食ったのか!?食ってねぇのか!?どっちなんだよおっ」
「何故、食う食わないの話になるのだ…。俺はただ、」

「ダメにしちまった仕事を手伝って、一緒に帰って、駅のホームで、はい!さよならしました…。ってそりゃあみょうじに失礼だろ!なあ新八よぉ」
「おおよっ!」

「…左之………あんたもか、」
「はじめ君いよいよ逃げられなくなってきたね」

そして追加で、目の前に同じく赤い顔をした左之。一体今日が何の日かと問われれば、俺は間髪入れずに「厄日だ」と言うだろう。

この間、同じ部署のみょうじの仕事を俺の失態によって駄目にしてしまった。
手伝いをすると願い出た俺に「そんな悪いですよっ!お気持ちだけでいいです」と笑う彼女に心より申し訳ないと思った。会議室で熱燗を待っていた皆の元へと戻り、簡単に説明をすると左之は「そこで手伝わないなら男じゃねえよ」と言っていた癖に。そんな事も忘れこの有様だ。まったく呆れて物も言えない。

彼女が酒を嗜むのを趣味にしていると聞いた時、何故か心が躍った。
そして、皆に迷惑を掛けたから京都から取り寄せた酒を差し入れすると言っているのを聞いて、その躍る心が萎えたのは……それこそ何故だろうか。


その後は、口が裂けても言えぬ。
言えぬのだ。…まさか、家に行き、終電を逃し、そのまま一つのベッドで寝てしまい、気が付けば朝になっていたなどと…。

「…あんた達が期待している事など、何もない」
「ふうん。家にも送らなかったの?」
「……、家は…送っていっ、た…が、」
「行ったのか!!!???」
「斎藤、やるじゃねぇか!!!」

「なになに!?何の話だよっ!はいっ!はいっ!オレも交ーーぜてっ!」
「…お前等うるせぇなあ。もっと声絞れよ。他の連中に見付かっちまうだろうが」

新八と左之の声に反応した平助と、土方さんまでこちらにやってきて俺を囲む。…どうしたらいい。総司達のみなら平然を装い誤魔化せるが、尊敬している土方さんに嘘をつくなど…。
未だ首元に回された新八の腕を無理矢理退かし、歪んだネクタイを戻す。俺も其れなりに酒も入っているからか、微かに指先が震えていた。頭も痛いが、喉も痛い。

「土方さん。はじめ君ったらこの間の金曜日。あのままOLさんちゃんの家にお邪魔したらしいですよ」
「へえ、送ってたのか」
「ええ…まあ、送って行ったと言いますか…それは、」
「えええええっっ!!!あのはじめ君がっ!?女の子の部屋にっ!?」
「いや、上がってなどっっ!!!!」
「上がってねえのか?」

「…………………、」

土方さんの言葉に、即座に嘘を吐けなかった。
沈黙し、思わず俯いてしまった俺を見て、皆が今までに聞いた事の無い悲鳴の様な叫び声を上げた。
それを全身に受け、消えてしまいたいと心の中で思いつつ、手に持っていた缶のタブを乱暴に開ける。それを自棄だとばかりに逆さまにし、一気に飲み干した。

そして、未だ驚いた顔で固まっている一同の顔を、今度は端からゆっくりと見上げた。…新八が居ないと思ったら、俺の横で崩れ落ちていたらしい。「斎藤が…斎藤が…」とうわ言の様に繰り返し俺の名を呼んでいる様は、正直気色が悪い。

何だというのだ。何故俺がみょうじの家に行ったらおかしいのだ。俺では無く、これが総司や左之だったりしたら、皆驚く事などしないのだろうか。
何故だか、身体の左側がちくりと痛んだ。



「…朝まで、みょうじの部屋に、」

「斎藤…お前、」
「うそ、マジで!?」
「あっははははは!想像出来ないっ!OLさんちゃん凄いなあっ!」
「斎藤、俺はお前を見直したぜっ!それでこそ一端の男だっっ!」
「………斎藤が、斎藤が、斎藤が…」

「しかしっ、それは酒を飲んで潰れてしまい終電を逃してしまったが故っ、」

ばんばんと左之に背を叩かれ、土方さんは目を見開き口を開けている、そして何故か総司は腹を抱えて笑い、平助は酒とはまた違った赤を頬にさしている。新八は未だ何処か別の場所へと行っている様だ。気味が悪い。

それに何が悪い。
俺がみょうじの部屋に行ったところで、あんた達に迷惑を掛けたか。かけて等おらぬだろう。何故、笑う。何故驚く。
こん、と小さな咳をして、俺は持っていた空のビール缶を握りつぶす。
軽快な音を立てて容を崩したそれを見下ろし、あの夜…共にコンビニエンスストアに行き、たくさんの話をした事を思い出した。真っ赤になって笑っているみょうじの笑顔と…。

そこで、俺の思考は停止した。





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