「ねぇ、はじめー」
「ああ、」
「大学生、大変なのはわかるけどさ。たまには早く家に帰ってきてよ。一緒にご飯食べよう」
「忙しいのは今週までだ。来週からはなるべく急いで帰宅する様にする」
「母さん喜ぶよー、」
「なまえも、」
「当たり前じゃん。誰が誘い断ってまで会社から家まで寄り道しないで帰って来てると思ってんのよ。はじめに早く会いたいからじゃん」
「お、俺だって、これでも急いでいるつもりなのだ、しかし…」


ぎゅうと腕に力が篭り、さらに身体をくっつけてくるはじめは、また一段と身体が逞しくなってきている。それを嬉しいと思う反面、少し寂しかったりする。このチクチクと痛むのは心臓だ。心だ。そしてわたしに身体を寄せているはじめの中にもあるんだろうか。このチクチクは。
わたしの考えている事が伝わっているのかそうじゃないのかは定かでは無いけど、はじめが甘えるようにわたしの肩に頬を寄せた。すりすりと、不確かな何かを掴むように撫でる感じは猫と言うより、落ち込んだご主人様を慰める犬みたいだ。
そこまで考えて、わたしは小さく吹き出した。同じように抱き返すと、少し困惑気味のはじめが顔を上げて首を傾げる。ちょっと、わかってやってるの!?


「なまえ、」
「はじめ、好き。大好き」
「あんたはまた…ころころ感情が変わるな」
「悪い?」
「いや、助かる」


触れるだけの口付けが降ってきて、ベッドに腰掛けていたわたしの身体がはじめの重みによって沈んでいく。ギ、と一度音を立てたマットレスに片手を付いて、わたしはその子供みたいなキスに酔いしれた。
同じものを食べて、同じものを見てきたわたし達が、一つになって、身を寄せ合う。
それが悪い事だと解っていても、それが母さん達を悲しませるって解っていても、止められない。
いつかはじめに好きな人が出来て、わたしから離れていっても、わたしは受け入れられないだろう。多分ずっとわたしの方が溺れてる。人並みの幸せが掴めなくても、それでもきっと。…わたしは。


「…皆、寝ている」
「…知ってる。ねえ、はじめ」
「ん、」
「明日は、休みでしょう?ちゃんとみんなで母さんの美味しいご飯揃って食べよ?」
「分かった、」


首筋に温かい唇を感じながらも、わたしは笑って目を閉じた。
今は少しだけ両親の事は忘れよう。そうだ、もしかしてあの人達の事だ。「しょうがないなぁお前らはー」なんて笑って許してくれるかもしれない。そんなの夢のまた夢。漫画の読みすぎだ。それでも願ってしまう。

夢が見たい。いつまでも醒めない夢を見たいんだ。わたし達は。



ベッドに背中を倒されて、薄く目を開けると。暗い中、とても幸せそうな顔をした弟が居た。


薄着じゃ寒いからと、見かねてプレゼントした白いマフラーを嬉しそうに毎朝巻いて出て行くはじめ。
わたしと同じで、両親が大好きなはじめ。
実は大学で女の子にモッテモテなはじめ。
わたしの目を真っ直ぐ見て「姉弟など関係ない。あんたじゃないと、嫌だ」と言い放ったはじめ。


そして何より、わたしを大事にしてくれるはじめ。

これが、わたしの、可愛い恋人。


「するのもいいけど、まず髪の毛拭きなさい。冷たい」
「す、すまない!」
「タオル貸して!」
「じ、自分で…っ、」


姉も、恋人も両方の権利を欲しがる。
そんなわたしは、最後までこう願うだろう。






終わらない夢を見たい


(父さんケーキ喜んでた?)
(二個食べていた、)
(え?)
(俺は、あんたが嫌だと言うなら…要らぬ)
(馬鹿ね、)






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