もう、仕事辞めて…田舎に帰っちゃおうか…。
私が独り抜けたところで、困ることなんて…ひとつも、


「お疲れ様、」
「っや!!冷たいっ!!え!?冷たい!?」
「あーあ。こんな目真っ赤にして。ねえ、君って自己犠牲趣味でもあるの?」
「お、おおおお沖田さんっ!?」

突然、背後から頬に冷たい物が押し付けられて思わず椅子から飛び上がってしまいそうになった。驚いて振り向くと、そこには缶コーヒー片手に私を見下ろしている沖田さんが居て。身体を仰け反らせた私はただただ彼を見上げて口をパクパクと動かすしか出来なかった。え、何。何で!?

「ごめんね」
「え?」

未だ珈琲も受け取らず何も言えないで居た私に向って、唐突に静かな声が掛けられた。コトンとゆっくり私のデスクに置かれた缶コーヒーは、私がいつもお気に入りで飲んでいる目柄の奴で。社長さんが「うちの会社の自販機に無い珈琲の銘柄は無い!」と豪語していただけあってコンビニか!って位に充実している。偶然にもそれを持って現れた彼の首元には、いつもは見られないネクタイがあった。

「ある人から、君が残って人一倍仕事してるって聞いちゃったから」
「だ、誰が…」
「それは内緒。まさかと思って戻ってみれば、もうこんな時間なのにオフィスからシクシク泣き声は聞こえるし、僕さぁ、幽霊とか苦手なんだよね。信じてないけど」
「ご、ごめんなさっ、」

もう自分が解らなくなって来て、それに加えて沖田さんの声が何だか心に沁みて、勝手に涙が溢れ出す。膝の上で握りこんだ手の甲にぽつぽつと涙が落ちては消えていった。

そんな私を見て小さく溜め息を吐いた沖田さん。そしてゆっくりと膝を曲げてしゃがみ込んだかと思えば、私の手の甲に落ちた涙をその大きな手の平で拭ってくれた。触れたところから、またじんわりと暖かくなって、身体がぽかぽかと解れていく。

「なまえちゃんが居てくれるから、きっとこの企画は上手くいくよ」
「あ、………名前、」
「あれ?違った?みょうじなまえちゃんでしょ?君、」
「は、はい!そうですっ!沖田さん知らないかと思ってました!」

ぱっと顔を上げると、しゃがんでいる沖田さんの顔が直ぐ側にあって、私を見上げている。それが何だか可笑しかった。


「僕、君みたいな頑張り屋さんは嫌いじゃないんだ」


沖田さんはちゃんと私を見据えて、いつもOLさんちゃんに向けている様な優しい笑顔でそう言ってくれた。
一度家に帰った筈なのに戻ってきてくれて、更に名前を知っていてくれた事と、こんな側で彼と言葉を交わしている事。全部が、夢みたい。

「今日はここまでにしようよ、僕夕飯まだなんだよね。お腹空いちゃった」
「あ、で、でも!まだ終わってないです、よ?」
「だってそれは他の人のやる分でしょ?大丈夫。明日僕が直接言っておくよ」
「は、はい!」
「なまえちゃん、美味しいラーメン食べられるお店教えてよ」
「はい!私の故郷にあった美味しいラーメン屋さんと張る位のお店知ってますっ!」

立ち上がって伸びをした沖田さんは、一度ネクタイを締め直してから笑って私の頭をぽんぽんと撫でた。


「じゃあ今日はそこに行こうか。でもいつか君の故郷にあるお店も教えてね」


ばあちゃん、じいちゃん、みんな。
私頑張ってるよ。




ぽかぽか

(OLさん。総司はちゃんと真っ直ぐ会社に向ったそうだ。メールが入っていた)
(わあ、よかったぁ!こりゃあカップル誕生ですかねぃ!?ね!斎藤さん!)
(………あ、ああ)
(店員さーん!めでたいから生中おかわりっっ!!!!!)
(………………はあ)






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bkm

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