「俺の聞き違い、では…ないなら、あんたは俺を知りたいと言った…」
「は、はい…っ、」
「それは、世辞などでは…」
「違いますっ!」

思わず振り向くと、わたしの手を掴んだ斎藤さんの着物から覗く白い手首は、まるで夕焼けの様に真っ赤に染まっていた。ゆっくりとそれを辿り彼の瞳を見ようとしたけど、それより先に、同じく真っ赤に染まった頬に目を奪われてしまった。
反対の手首を唇に宛て、何処かへと視線を逸らしたままの彼は、そのまま襟巻きに首を埋め込む様に肩を竦ませ…わたしの息に重ねる様にゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

「俺も、あんたを笑わせてみたかった…」
「え、」
「…平助や雪村がする様に…何か冗談を言ったり、芸をしたり…、」
「…………、」
「それを見て笑うあんたを、通りすがりでは無く…これ程の側で見たいと思った、」

たどたどしくわたしに落ちてくる言葉は、一つ一つが丁寧で、繊細で、それでいて力強くて、握られた手首が燃える様に熱くなり思わず汗が滲む。

「俺とて、思うところはある。伝えたいと考えれば考える程、上手く話せない…」
「わ、わたしも…斎藤さんだと、上手く伝えられません…」
「何故だろうな、」
「はい、なんででしょうね、」

ここでやっとお互いの視線が合わさって、ゆっくり笑い合う。わたしも斎藤さんの笑顔をこんな近くで見たのは、初めてかもしれない。

いつの間にか陽が傾いてきて、お互いに紅くなり始めた空を背負っていた。


「あんたが笑い、泣き、怒るのと同じ様に、俺にもそんな日がある」
「え、それは意外です。よく沖田さんに怒っているのは見かけますが、泣いたりするのは想像が付きませんっ!」
「それと同じだ。俺もあんたが泣いているのも怒っているのも検討が付かん。ならば、これから教え合って行けばいい」
「なるほど…っ!」

その言葉に納得したと同時に、斎藤さんはこんなに優しい表情が出来るんだ。とまた彼を一つ知った気がした。
いつの間にか地面に放り出されている箒に、落ちてきた枯葉が触れる。千鶴ちゃんや平助くん達と居る時とは、また違ったゆったりと流れる空気が、とても嬉しかった。

そっと離された手首は、薄っすらと赤くなっていて。それを見た斎藤さんが「す、すまん!」と慌てた様に両手で包んでくれた。

「斎藤さん、これから斎藤さんの事追い掛け回してしまいます。もっと貴方を知れるように、」
「それは、毎日が体力勝負だな…」
「はい!覚悟しておいてください!なので、今日からわたしと一緒に泣いたり笑ったりしてください!」

「ああ、そうするとしよう、」


そう言って、ふと細められた蒼が嬉しくて嬉しくて。
わたしは、思わず井戸に飛び込んでしまいそうになった。

井戸に………。


「ん?井戸?」
「は?」

「ああああああああああああっ!掃除っ!!!!」
「何、いかんっ!!!」


二人で作っておいて何だけど、ゆったりとした時間はもう少しお預けらしい。
でも、さっきまでの緊張はどこかへ飛んで行き、次にやってきたのは少し気恥ずかしい空気。それでも、斎藤さんもわたしを知りたいと言ってくれたから、わたしは本日から、もっともっと騒がしくなってしまいそう。
慌てて井戸周りを掃除している斎藤さんが、何かを思いついた様に冗談ぽく、こう言った。

「なまえ、これからは夕餉時にも遠慮はしない。本日は小手調べするとしよう」
「え!?あのおかず争奪戦に巻き込むんですかっ!?」
「今の時期の川魚は旨いからな、嫌ならば守りきれ」
「やああっ!!!はじめさんの意地悪っ!!!!」


意外にも、彼はわたしに負けず劣らず感情豊かな人かもしれない。







知り、知られ

(なあ、もうそろそろ出て行ってもいいかなぁ?)
(待て、平助!まだお互い見合って笑ってんだろっ、あと少し我慢しろ!)
(ええーっ、だって桶の水替えなきゃ掃除終わらねえよー、しんぱっつぁん)
(んなもんっ、あの不器用な斎藤の恋路をぶち壊すくれぇなら小せぇもんだろうがっ!)

(あー、腹減ったー…)




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