「きゃおるの好物なんだろな〜、っと、」
「わっ!」

ぽんぽんと財布を遊ばせながら歩いていると、さっきの男の子がわたしの足にぶつかってきた。おおう、流石に女と言えど大人にぶつかったらそりゃ吹き飛ぶわ。ごめんよ坊や〜…。
慌てて転んでしまったその小さい手を取ってあげると、そこは流石男の子「おねえさんごめんなさいっ」と泣く事も無く立ち上がる。
薫もこんなかっわいい時期があったんだけどなー…。今はまるで暴君の様な態度の同居人兼幼馴染を重ねてしまって苦笑いをした。

「ぼく、前を見て走らなきゃいけないよ?」
「え?そもそも走っちゃいけないんじゃないの?」
「あ、あなた…そんな可愛い顔して、意外に…」
「おねえちゃんもぼーっとしてるから子供なんかのぼくにぶつかっちゃうんだよ」

おおお、本当に子供なのかい…貴様。見た目は子供、中身は大人的なアレじゃないよね…。その憎たらしさもやっぱり重なってしまい思わず反応してしまった。わたしの薫可愛いよセンサーが。

そう。わたしは何だかんだでずっと薫が大好きだったし。今だってどんな辛辣な言葉の暴力を受けようが笑って許せてしまう。それどころか、


「あ、そうだ。ねえ、キミ」
「なあに?ぼくママが待ってるからもう行かなきゃなんだけど」
「ああ、はいはい。ごめんなさいねぇ、すみませんねぇ、」
「で?なあに?」
「あのね、一つ聞いてもいい?」

今まで愛して貰えなかった薫に、家族以上の愛情をあげようって思ってるんだから。

「キミの好物ってなあに?」
「え?」

わたしの質問に一瞬首を傾げた男の子は、きょろきょろと辺りを見回してから一度ニンマリと笑うと、内緒話をするみたいにわたしに耳打ちをしてくれた。その聞こえた応えにわたしも同じ様にニンマリと笑うと、その子の頭を撫でて「ありがとう、」と礼を言う。満足気に頷く男の子が可愛くて、思わず食べちゃい…いや、連れ去り…じゃない、思わず…思わず…、


「なまえ、何してるの」
「へ?」

今直ぐにでも、薫に会いたくなった。

「あれれ〜?薫きゅんじゃないですか。そっちこそ何してるの?珍しいね、お家から出るなんて、」
「お前、折角手伝いに来てやった俺つかまえて、どの口が言ってるの?」
「だって、薫ヒッキーじゃない…」
「殺すぞ」

何故か、わたしの背後に立っていた薫にわたしは目を丸くする。いつもは「一緒に買い物行こうよ〜」って言っても「一人で行けばいいだろ」「五月蝿い。むかつくなぁ…」の二パターンしか返ってこないのに。一体どういう風の吹き回しなんだろう。
その間にもドンドンすれ違う人間をウザそうに避けながら薫は、わたしの手から買い物カゴを攫って行った。
そして今まで黙ってわたし達のやり取りを見ていた男の子が「じゃあね、お姉ちゃん達バイバイ!」と無邪気に手を振り去っていくのに思わず噴出しながら、今の一言で益々不機嫌になったらしい薫の手を取った。

ああ、こんなに温かい。

「何の真似だよ、」
「いいじゃない、たまには。ほら小さい頃はこうやって近所駆け回ってたじゃない」
「…昔話は嫌いだよ」
「うん。わたしも嫌い。いい?今が良ければ全て良しなんだよ、きゃおる君」
「その呼び方で次呼んだら嫌いになるよ」

嫌いになるって事は、今は好きって事?

そう問うと、しまった。と苦い顔をした薫が繋いだ手を解こうと捩った。けどそれをさらに強く握り返すと、怪訝な顔が一転して、困惑顔に変わっていった。

「今日は薫の好きなモノ作るね。だから機嫌直して」
「…好物なんてないけど」
「うん。でもミニチュア薫にいい情報貰ったから」
「はあ?」

「また気持ち悪い事考えてるね、お前」と今度は呆れ顔で言った薫は、ぎゅっとわたしの手を握り返してくれた。

そうだ。薫が嫌いなモノはわたしも嫌いでいい。
でも、わたしが好きなモノは薫にも好きになって欲しいから。

あの子は、どうやらわたしに的確すぎるアドバイスをくれた様だ。
そして薫だって、きっと、あの子の様な綺麗な心を持っているからこそ、わたしの所へ来てくれたんだとそう思う。

「それで?何を買うの」
「んふふー!我が家の大切なにゃんこ薫くんが喜んでくれる様に、わたしの大好物であるロールキャベツの材料を買います!!!!」
「なにそれ、結局お前の好きなものじゃないか…」
「じゃあ薫も好きになればいいじゃない!ね?」
「…………、」
「わたしも薫が好きなもの、好きになりたいし!」


「やっぱりむかつく…」


薫はそう言って、ふわりと笑った。





大好きな人が好きなモノが好き


(今、俺はちゃんと幸せだよ…)
(何か言った?)
(五月蝿いよ)




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