「っ!原田さ、」
「どうした。…真っ青になって出て行くからよ」
「…いえ、少し」
「無理するなっつっただろ、見せてみろ、」
「いいですからっ!!!」
「っ、お前」
顔を上げて驚いた。目の前にある原田さんの頬にぽつりと透明な水滴が飛んで、その綺麗な頬を滑っていくのが見えた。何で、わたしは泣いているんだろう。
「見ないで、っください、やだっ!」
「おい、落ち着けっ、」
「もうやだっ、やだっ!何であんな事したんですかっ!なんで優しくしたんですかっ!」
「…っ、」
わたしだけじゃないくせにっ!
それだけは、口には出せなかったけれど、暴れて逃げようとするわたしの両手を掴んだままの原田さんはすぐさま顔を歪めて黙り込む。これじゃただの面倒くさい女だ。男の人が一番嫌うソレに成り下がったわたしは、ただぽろぽろと涙を流すことしか出来なくて。原田さんに見られたくない一心で力を篭める。
けれど、彼も。
逃がさないと、窓にわたしの身体を押し付ける様に歩を進めた。
わたしの頬に、昨晩感じた甘い匂いと熱い唇が届いた。
「お前が、あんな事言うからだろ…っ、」
「え、」
その少し感情的な言葉が聞こえて、弾かれる様に顔を上げると。直ぐ目の前に原田さんの琥珀色の瞳があって、その中に映る自分と目が合った。
「忘れるのは勝手だ。なまえがそうしてえって言うならそうすりゃいい…」
「原田さ、」
「でもな。俺はそう言われて、はいそうですか。なんて言える器じゃねえんだよ…」
「…っ、」
いつの間にか拘束されていた腕が片方だけ離れて、ずるずると落ちていく。
空いた方の親指で、自分の頬に飛んだわたしの涙を救って目を閉じた原田さんは、凄く苦しそうにわたしの肩に顔を埋めた。
「好きな女目の前にして、あんな声で煽られて。必至で壊さねぇ様に抑えて…。やっと手が届いて…天にも昇る気持ちだったよ…。それを忘れろなんて、どう考えても無理だろ、っ」
「好き、…誰を、」
「お前以外にいねえだろっ!」
わたしの言葉なんて待たず、茫然と立ち尽くすわたしの身体を、空いた片腕で掻き抱いた原田さんは、いつも女の子に囲まれて軽く笑っている彼とは別人じゃないかと思う位に全てをぶつけてくれていた。
驚いて止まっていた筈の涙が、また溢れ出してきて…わたしも解放されていた方の腕で彼の背中に縋りついた。スーツに皺が出来てしまうと知っていても、止まらなかった。
「わたし、わたしも…っ好きだから、っだから…忘れちゃ、やだぁっ!!」
「言われなくてもそうするよ、」
昨日よりずっと情熱的なキスをして、
昨日よりずっと甘い言葉を囁く原田さんは、
今朝よりずっと優しい笑顔で。
同じ扉の内側の世界で…わたしに、
「愛してる」と言った
(でも、女の子とその…たくさんそう言う事してるんでしょ…?)
(はあ!?してねえよ。少なくともお前が入社した二年前からはな…。つーか誰だよそれ言った奴…)
(永倉さんと沖田さんが…、って二年前…?)
(あいつ等…ぶん殴る)
(に、二年前から、)
bkm
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