「はあ、そう言う事か…、」
「ごめんなさい、土方さんっ、ごめ、ごめんなさ、」
「俺が勝手にあんたを連れ出した。なまえは何も悪くないだろう、」
「違うっ、わたしがっ!」

「もういい。…おいなまえ」
「…ごめんなさい、わたしは、」
「いいから、聞け」

少し乱暴に席を立った土方さんが溜め息を付きながら、泣いているわたしを見やって口を開いた。わたしは斎藤さんが少し顔を上げたのを背に置いていた手に感じながら、真っ直ぐ土方さんを見据えて頷く。涙は止まってくれない。きっとこの涙は、斎藤くんの気持ちを痛いほど知ったのと、彼の…土方さんとの二年間を思っての涙でもある。


「楽しませてやるより…寂しい思いさせちまった事の方が多かっただろうな。すまなかった」
「…土方さ、」
「でも、まあ。いいじゃねえか。お前が正しいと思う道を行く。俺はそれが間違ってるとは思わねえ。お前が選んだ道なら、俺はそれでいいんだ」
「ごめな、さっ、」
「……土方さん、」

「ま、悔しい事には変わらねえが。たまにはこういうのも悪くねえよ、」そう言って微笑んだ土方さんは、席を立ったまま普段は飲まないワインを一気に飲み干しフォークでぶすりとステーキを刺した。そのまま大きな口でそれを食べると「行けよ。ここは俺が払ってやる。斎藤は明日からまた会社で扱き使ってやるから、それで相子にしてやるよ」と冗談っぽく口元のソースを拭った。

わたしの心は、斎藤くんに傾いていたけれど、それでもちゃんと…。貴方の所にもあったんです。きっと今更そう言っても信じて貰えないと思うけれど、それでも…これからもずっと土方さんの幸せを願い続けるだろう。

「…ありがとうございました。また、明日会社で」


「ああ、また……また三人で飲もう」


「はい」
「ありがとう。土方さん、」

わたしがお礼を言うと、昔みたいな笑顔で送り出してくれた土方さん。斎藤くんも安堵した様に微笑み、わたしの手を取り店を後にする。まだ心臓は潰れそうに痛いけれど、それでもわたしの手をしっかりと握り締めてくれる斎藤くんの力強さに、着いて行こうと決めた。


「…斎藤、く」
「っ、」

そして二人で店の扉を潜ったと同時、無言で振り向いた斎藤くんに噛み付かれる様な口付けをされた。背中が冷たい壁に押し付けられ、両腕を痛い位に掴まれて。
あの日駅で抱き締められた時の事が、思い出された。

今までずっと、瞼、額、そして頬にしか落とされなかった優しい触れるだけのそれとは違い、本当に骨の芯まで熱くなる様な深いものだった。


「…やっと、手が届いた。もう離さん…、」
「うん、っ、」


壁に押し付けられたまま、そこで初めて知った激しい感情を唇に、わたしは彼の背中に腕を回して全てを絡ませた。口付けの合間繰り返し告げてくれたのは、卒業式の日以来の「好きだ」と言う言葉。それが何より、嬉しかったんだ。

そこで気付いたのは。

わたしはずっと望んでいたのかもしれないと言う事。

誰かのものであるわたしを、
奪ってそして、






あなたのものになる日を


(これからは、土方さんの代わりにあんたを幸せにする)
(ありがとう、)





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bkm

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