「ちょっと、沖田さんっ!ご飯それだけじゃダメですっ!もっとちゃんと食べてくださいっ!」
「えー、やだー。僕人間の食べ物って好きじゃないんだ」
「じゃあ何が好きなんですか?」
「君みたいな女の子」
「お酒とってきますねー」

「あっはははは!」と笑い転げる沖田さんの正体は、あの村に伝わる八岐大蛇伝説そのもの…とまではいかないけれど、どうやら紛う事無き「蛇の容をした水神様」らしい。
何で蛇の姿じゃなくて、あの小さな人形になったのかと聞いたら「結構力使うからあまり本当の姿にはならないんだ、ご飯も年に一度だけだから今は無理」と、まるで理解の出来ない会話になった。それでも、こうして攫われて(?)沖田さんが身を置いているという長屋で生活を始めたわたし。まず家を持っている事に驚いた。村から結構離れているらしいけど、こんな辺鄙な所にある事を除いて、意外にもまともな暮らしぶりだった。

「沖田さん、わたしいつまで居ればいいんですか…?」
「なに?なまえちゃん、帰りたいの?」
「…違い、ます、そうじゃなくて…」

そこで言葉に詰まる。そんな寝そべりながらにやりと口の端を上げた沖田さんを見てわたしの頬は赤く染まる。ここに来てから幾つかの日付を越えた。その間、彼がわたしをどう扱っていたかなんて、思い出すだけで切なくなる。
喩えると、村で一番仲のいい夫婦がいつも寄り添ってお互いに微笑みあっている図が思い浮かんだ。その妻の方を少し不貞腐れた顔にすればわたし達の関係が出来上がる。

彼は生贄のわたしに凄く良くしてくれたのだ。
たまに冗談で「あーあ。可愛くて食べ損ねてる、この僕が」とか言ってるのを聞いて、そこで彼が人間じゃないと気付く位に、わたし達は普通の暮らしをしていた。

「ずっと居ればいいじゃない。何も不便はさせないよ」
「で、でも…それだとわたし思ったんです。わたしは、良くても…沖田さんが、」
「僕が…?」


そこで床の間から持ってきたお酒を、沖田さんが寝転んでいる側に下ろすと、わたしは俯いて着物を握り締めた。
わたしだって祖母ちゃん達に聞かされていたから知ってる。彼が水神様だからって、ずっと生きていられる訳じゃない事を。わたし達人間と同じ様に、自分に見合った食事を取らなければ、同じ様に衰えやがて死んでしまうんだ。一年に一度、生贄の女を食べればまた来年まで生きられるらしい。

それなのに、彼はわたしを食べようとする気配も無い。
口では言っているけれど、まるで冗談にしか聞こえない。
このままじゃ、彼は、来年の暑い季節までに…。


「なまえちゃん、」
「う、うん…、」

わたしの瞳から涙が零れて、床にいくつも丸い染みを作る。それを見た沖田さんは小さく溜め息を付くと、少し動き難そうに身体を起こしてわたしを包み込む。肩から抱かれてすっぽりと彼の胸に収まったわたしは、はらはらと泣いた。

わたしが、あの神話の素戔嗚尊(すさのお)になって彼を退治してしまうんじゃないかと、日々不安に駆られていた。もう沖田さんが「あれ、小さくもなれなくなっちゃった…」と一人呟いたのを聞いた時から、ずっと。


「勘違いしないでよね。僕を誰だと思ってるの?」
「え…?」
「君なんていつでも食べちゃえるんだからね、」
「だったら!早く食べ、」
「うん。じゃあ頂きます」
「え?」


そういつも通りの笑顔で言い放った沖田さんは、そのままわたしを床に貼り付けながら首元に顔を埋めた。


「ねえ知ってる?別に食べるのは人間そのもの"じゃなくてもいいんだ」
「はっ!!??」


「この意味、いくら頭の悪い君でも、わかるよね?」


そう笑った沖田さんにその後、ぺろりと食べられてしまったわたしは、これから長くも穏やかな人生を歩むことになる。神様と二人で。







神話の裏舞台

(なまえちゃんっ!今日も食事の時間だよ、)
(嫌ですっ!総司さんっ、子供が見てますっ!!!後で!)
(えー、早くしないと僕飢えて死んじゃうよ?適当に村から女攫って来て食べちゃうよ?いいの?)
(うっ!!!)




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