わたしの視界には彼は映っていないけれど、横を向けば斎藤さんの左手にはお銚子があってそれがゆっくりと上がっていく。

わたしの直ぐ耳元で、彼大きな左手と、傾くお銚子が見て取れた。


「直呑みなんて…斎藤さんらしくないですね、」
「そうか。独りの時などはたまにこうしてしまう…」
「でも凄く男らしくて素敵です」
「あんたも、月に負けぬくらいのいい働きをしてくれている…」
「わたしはお酒の肴ですか、」
「あんたも俺を肴に飲めばいいだろう」

いつもだったらきっと一日中隣りに居た所で聞けない様な甘い声と言葉。それを直ぐ間近で感じているわたしは、今にも溶けて無くなってしまいそうだ。
いつもは正座をしている脚も、崩れてわたしを囲むように置かれている。立てられた膝が覗いてしまうのでは無いかと言うくらい着物が肌蹴ているのが目に毒だが、それくらい彼は酔っているらしい。その見るのも貴重な白い肌から目が離せません。
そして、わたしを抱え込んだままの両腕が前にまわされ、右のお銚子から左のお猪口へと透明なお酒がとくとくと注がれていく。

斎藤さんの口を付けていたお猪口に、自分の唇を付ける事より、ずっと恥ずかしいこの状況が、わたしを少しだけ大人にした。

「新八達には内緒の酒が部屋にあるのだ。次の非番の日にでも共に呑まぬか、」
「…是非、わたしでよければ、」
「ああ、あんたが…。OLさんがいい、」

斎藤さんが腹にまわしている両腕を巻き込む様に、受け取ったお猪口を口元に宛てると、少しだけ腕に力が篭められたのを感じた。
舌に乗ったお酒は、今まで生きてきた中で一番甘くて、一番美味しく感じて思わず目を閉じてしまった。

同時に髪に落とされた柔らかいものは、きっと、







濡れ髪に唇を、喉に恋情を


(ひゃははははっ!!!!お月様が三つに割れてるっ!斎藤さんっ!斎藤さんっ!じきに落ちてきますよあれ!)
(ああ、落ちてきた場合、俺達は縁の下へと隠れるとしよう)
(それ間に合わないっ!間に合わないですっ!)
(何っ!?ならば、大坂へ逃げればっ、)

(てめえらっ!!!五月蝿えっ!!いい加減寝やがれっっ!!!)





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bkm

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