「…何が悪いのだ。みょうじと酒を交わしたところであんた達には関係がないだろう。それに京都から取り寄せた酒を、俺の失態の所為でこちらに寄越すと言ったから、それは勿体無いだろうと彼女も飲める様に考え行動したまでだ。そもそも食う食わぬとは何だ。あんた達は女を送り届けた後、その女と身体の関係を持つのが常なのか、」

「やべえ、はじめ君が覚醒しちゃったよ…」
「あーあ。僕知らないよ。こうなると気が済むまで喋り続けるよ」
「おい、酒渡したの総司だろ。何とかしろよ」
「無理です」
「しかし、斎藤とみょうじか。これは意外な組み合わせだな」
「お、土方さんもそう思うのか?」

次から次へと口から零れてくるのは、あの夜の出来事。霞がかった頭の中で何度も繰り返される「すぎちゃんの酒蒸し」の言葉。いや…、そうではない。俺の膝に頭を乗せ、目を細めて笑うみょうじの顔が、鮮明に蘇った。意外と、家庭的らしく部屋は散らかっては居らず、彼女らしいファンシーな小物とシンプルなキッチン。そこに立ったみょうじの背中は、会社で見ているそれとはまた違った女性らしさがあった。

「つまり、OLさんちゃんの家には行って朝まで一緒に過ごしたけど、何もしなかったって事?」
「そうだ!俺はみょうじの意外な一面を見て特に深い意味や下心など無く、ただ純粋に彼女の事を知りた……っ、」

「え、」
「あ、」
「は、」
「お、」
「さ、斎藤おおおおおおおおっっっ!!!!!」

俺は、今。何と言った。
そこでやっと俺の口は止まり、代わりに咳が零れ落ちる。こん、こん、と止め処なく咳は出るのに、俺の両肩を掴んで泣いている新八に「やめろ」と言えなかった。

嘘など、言っていない…。
いや、酔っているからこそ。真実しか頭を過ぎらない。


「………………、」

俺は、みょうじに一つ嘘をついた。
それは、…それだけは。言ってはならぬと、自分を咎めるのが精一杯だった。

「まあ、いいんじゃない?僕はいいと思うよ。今のはじめ君」
「…は、」
「ほら、今までのはじめ君だったら、同じプロジェクトチームの女の子達が送ってってくれって言ってもせいぜい駅まででさ。そこまで踏み入った事しなかったじゃない」
「…それが、普通では」
「でもOLさんちゃんには、普通じゃなかったんでしょ?」
「……………、」


「だったら、普通じゃない事…しちゃえばいいじゃない」

今日は飲むぞ。と珍しく土方さんが缶ビールを手に取り、それを合図に左之や平助達が散っていく。新八は、そのまま再び崩れ落ち、今ではイビキを掻いて眠ってしまった。
茫然と立ち尽くす俺の隣りに残った総司が、もう一本ビール缶を俺に差しだし、笑ってそう言った。
それを受け取った俺に「はじめ君の本能のままに行けばいいと思うよ。僕は」と、いつものいやらしい笑みを作り、俺に自分の缶を傾ける。

再び、ぼんやりしてきた頭は、今し方総司が言った言葉を反響する事しかせず、それに対しての返事など、どこにも用意してはくれなかった。

「本能…なんて、なんかイヤらしい響きだよね」
「あんたは、結局からかっているのではないか…」
「からかってなんかいないよ。これでも至極真面目に言ってる」
「それはそれで問題なのだが…」

プシュと炭酸が抜ける音を耳にし、俺も同じようにプルタブを引き上げる。今日は止まらない。いくらでも飲める気がする。

みょうじは今、一体何をしているのだろうか。
金曜日だから、一人テレビを見ながらこうして同じ様に酒を飲んでいるのだろうか。
飲んだ缶を床に放り、明日起きて、後悔しながら片づけをするのだろうか。


少しでも、あの夜の事を思い出してくれるだろうか。

「成り行き…などでは、ないのだろうな…。俺は、」
「うん?はじめ君、何か言った?」
「いや、」


本能になど…。とうに、

「ほら。乾杯、はじめ君」
「ああ、」


抗えておらぬと、言うのに…。


かつんと、ぶつかったビール缶にあの日の笑顔を想った。




週末の会議室より、君を思ふ


(総司、ところでアンタはいつも女性を送る時そういった関係を持つのか)
(聞いてどうするの…?)
(いや、違うのならば、別に)
(人によるかな、)
(そこに座れ、総司。無論正座だ)
(え、)




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