食卓に並んだ…いや、並んでないけど。一枚の大皿にドサドサと天麩羅にしては重い音を立てながら乗せているなまえちゃんを横目で見ながら、僕はしみじみと思う。

僕の方が、骨抜きにされちゃったなあ。と。

「ねえ、なまえちゃん」
「何?ちょっと待って、もうお茶碗並べたら終わりだから……あっ」
「あれ、なあに?エプロンの紐解いたくらいでそんな悩ましい声出しちゃって」
「悪戯しないのっ!ご飯付けないよっ!」
「いいよ、イカの天麩羅はおつまみにもなるからね、僕はこれとビールだけでも」
「ダメっ!ちゃんと食べて!」
「だったらいいでしょ?」

シュルっと音を立てて、腰の後ろにあったリボンを解くと顔を真っ赤にして怒り出すなまえちゃん。
昔からこうなんだ。僕がする些細な悪戯にも過剰に反応して顔を赤くする。別にエッチな事しようって言ってるわけじゃないのに、それでも触れる度にこんな反応するんだから新鮮で面白い。こうしてると年上だって事を忘れそうになる。
そう言ってる間にも、若干混乱し始めたなまえちゃんを僕の膝の上にお招きする。

「総司、イカがしょんぼりしちゃうから、っ」
「しょんぼりって何?冷めて萎んじゃうって事?」
「あ、」

じたばたと暴れるなまえちゃんの腰をしっかり抱き留めて、くんくんと首筋の匂いを嗅ぐ。ここで今までだったら甘ったるい香水の匂いとかしてきたんだけど、この子は違う。生活感丸出して、イカの天麩羅の匂いがしてくるんだもん。あと、微かに僕と同じ石鹸の匂い。こういうのが幸せだって気付いたのは、いつ頃だったかな。
ぎゅうと強く抱き締めて、持たれかかる様に前倒しにすると「ぐえ」なんてイイ雰囲気なんてぶち壊すみたいな声も、

「大好き」
「え、」
「ねえ、なまえちゃん、大好き」
「…っ、」

僕はね、いつからか君に掴まれた。それは心臓?神経?もっと深くにある心かな?胃袋……は、うんいいや。

「ねえ、キスしたい」
「い、今っ!?ご飯食べてからにしてよっ」
「ヤダよ、イカくさいちゅうなんて、そのままいい雰囲気になったらどうするの?それこそ萎んじゃうよ」
「な、何をっ!!!!」
「…ね、」

ぷるぷるとチワワみたいに震えながら僕を見上げるなまえちゃんのお腹を撫でて、目を細めると、涙目になりながら真っ赤を通り超してのぼせそうな位熱いほっぺが目に入り、そこから食べようと背を曲げる。
ちゅ、と小さく音を立てて唇を落すと、身体中に力が篭められるのが分かる。伝わる。くっ付いているから、僕には分かる。それが、凄く嬉しいし愛しい。

「はい、頂きますのちゅう」
「んっ、」

ほっぺの次に瞼、そして鼻先に唇を落としたところで、はい。頂きます。
ぱくりと食べるみたいになまえちゃんの柔らかい唇に僕の唇をくっ付けると、とろんと瞼を落としてそれに応えるみたいに首を伸ばす。

「わたしも、総司が…好き、」
「知ってるよ」

ああ、忘れてた。
いつも僕の甘えから逃げられてばかりだけど、こうして運良く捕まえた時に、どんなお菓子より甘くなる声が、


大好き。






好きがいっぱい


(ね、このまま寝室に連れてって全部食べ尽くしちゃっても、いい…?)
(だ、だめ!先にイカ!)
(…はあーい)




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bkm

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