「これ、おばあちゃんの形見なんです、とても大事な物で…。生前、価値もわかっていないわたしが強請って、貰った物なんですよ」
「…、そうだったのか、しかし。そんな大切な物を見に付けて登校してくるなど、」
「はい、わたしだって普段は大切に保管していますけど、今日は特別なんです」
「はぁ、」
「おばあちゃんの命日ですよ、」

そっとチェーンを掴んで空に掲げると、目の前でくるくると回って見せる指輪。同時に光を浴びてわたし達の前できらきらと光っていた。今日は、今日だけは、大好きなおばあちゃんと一緒に居たかったんです。と柄にも無く笑っていると、隣りで斎藤先輩が勢い良く立ち上がった。
なんだなんだと、わたしも驚いて彼を見上げると、逆光になってその表情はよくわからなかったけれど、どうやら斎藤先輩は左手で口元を多い、地面を睨んでいる様だった。
そして、そのまま何も言わずに屋上を出て行こうとする背中を追いかける。うわ、スカートに変な皺が出来ているけれど、直るかなあ。ぱたぱたと斎藤先輩の背中を追うと、扉の少し前で佇んでいる背中。

「先輩?…どうし、」
「みょうじ、すまない」
「え?へ!?」

ぐいっと突然腕を引かれ、そのまま。
と、同時にガンッと扉を蹴る大きな音。

でも、わたしの耳にその音なんて、入ってこなかった。


わたしの視界に入ったのは青い青い空とそれに浮かぶ太陽、そして斎藤先輩の透き通った白い頬と、近くで見ると意外にふわふわと繊細な髪、あと石鹸とお日様のいい匂い。
更にわたしの腰に周った腕は、何気に逞しく、わたしのお腹に当たっている腰はきゅ、と引き締まっていた。「あ、斎藤先輩に抱き締められている」と思った時には、もう心臓は経験した事の無いくらいの速さで脈打っていた。

そして、動揺して何も言えないで居るわたしの耳に、知らない声。
「なんだ、先着ありかよ」と、不機嫌そうにそういい捨てた男子生徒の声。察するに彼も屋上に来たらしいけれど、わたし達の存在を見て再び扉を閉めた。
バタン、と気持ち乱暴に閉められた扉の音を最期に、再び静かな時間が流れ出す。それでもわたしの腰に周った腕は解かれる事は無かった。

「さ、斎藤…先輩、?」
「…………、すまない、今は駄目だ」
「え?」
「今、あんたに…俺の顔を見られる訳にはいかん。もう少し辛抱をしてくれ、」
「何言って、」

指輪を握ったままの手で、彼の胸を押すと自然と斎藤先輩の横顔が視界に入る。

「え、せ…っ、先輩っ」
「見るなっ、」
「真っ赤じゃないですかーーーっ!」
「黙れ、五月蝿い、声が大きい、あとあんたは正直にモノを言い過ぎだっ、」

捲くし立てる様にそう言った斎藤先輩の方が声が大きかった。頬だけじゃ飽き足らず耳と首筋まで染めている先輩は、どうやらさっきの生徒に風紀委員の自分が立ち入り禁止区域に居た事を知られない為に、ああいった行動に出たんだろうけど、まさかあの斎藤先輩があんな大胆な隠れ方をするなんて。とわたしは、思わず噴出してしまった。
けらけらと笑うわたしを睨んで「笑うな、仕方がないだろう」と続けた先輩は、わたしに回していた腕を解く。そして、未だ真っ赤な顔でわたしの手を取り、そこから指輪のチェーンを掬った。

「ちょ、怒ったんですか!?すみません、没収はっ!」
「違う、」

今度は、ふわりと首元に回った斎藤先輩の腕。そして首の後ろでカチリと留められたチェーンがヒヤリと冷たかったのに対して、彼の腕は少し震えている上に熱くて。

「みょうじ、いいか。俺は今から、人生で初めて勢いだけで物を言う」
「へ?」

「…………俺はずっと…あんたを、」







太陽の輪



(更に顔を真っ赤にして俯いてしまった斎藤先輩を見て、おばあちゃんの言っていた事は本当だったんだと、わたしはその静かに指輪を握り締めた)






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