わかってた。はじめがわたしをもう見ていない事なんて。
はじめの中で、わたしとの時間はもう大半を塗り替えられている。花の咲いた様な笑顔に、塗り替えられていっているんだ。
そして、思い出も、共に過ごした時間さえ。いつか全部、彼は忘れてしまうんだろう。


「わたしは、大丈夫だから…。はじめ、付いていってあげて」
「先輩、」
「…なまえ、すまない、」
「うう…ん、大丈夫、駅から家まで近いから、そう言ってくれたんだよね」


わたしのヘタクソな笑顔の所為で、重い沈黙が流れてしまった。
それを何とかしようと焦れば焦る程、口は上手く回ってくれなくて「じゃ、じゃあ。わたし、か、帰る」何て、まるで言葉を覚えたての子供みたいになってしまった。
スルリと首元からはじめに上げたマフラーを抜き取ると、そこで初めて「寒くて、怖い」と思ったわたしが居た。ゆっくり差し出すと、同じくゆっくりマフラーを受け取る彼。その顔がわたしは見れなかった。

わたしは何が…一体何が、怖いんだろう。
フと気付き、俯いたまま茫然と自分の爪先を見ていた。


「いいんですか、斎藤先輩、」
「…………行こう。では、なまえ、」

「あ、」



また明日を、
わたしに、貴方と居られる明日をください。



「気をつけて帰れ、」


そう言って、小さな背中を押して校舎へと引き返していったはじめ。
わたしの渡したマフラーは、そのまま鞄の中へ消えていった。まるで、彼女が隣りに居るのなら寒さなんて感じないと、そうわたしに言っているかの様に。

頬を伝い地面へと落ちた涙の音が、小さく聞こえた気がした。



「はじめ…。また、明日って言ってくれなきゃ、わたし、…わたし、」



先程までふたりで居た時間は、
わたしじゃない別のふたりによって、明日へと進む。





待てども来ない明日



(そして、わたしとの時間に…はじめが終わりを告げ、)
(新しく思い出が塗り替えられたのは、三日後の事でした)

わたしの時間は、ここで止まったまま。






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