「別に、普通のお付き合いだよ。まだそんな日にち経ってないし、」
「へい、まずおめでとうございます!しかしこの居酒屋さんに赤飯が無いので後日作ってお持ちしやすね!」
「…いらない。ねえ、はじめ君。いつものOLさんちゃん呼んで来てくれる」
「いや、OLさんは酔うといつもこの様な頭の壊し方をするんだ。あまり気にするな…」

「壊れて無いですよ。餌を見つけて口を開ける鯉の気分です」と笑うと、沖田さんは一瞬目を見開いてから、クスリと笑った。何故笑ったのかわからなくて首を傾げると、机にあったグラスを二つ取り、一つをわたしに渡してくれた。
それを素直に受け取って顔を上げると、ビール瓶の口をこちらに向けた沖田さん。あれ、斎藤さんはスルーですか。ちょっと彼、フリーズしてますよ。

そして沖田さんによって、とくとくと注がれていくビール。

「よく考えたら、似てる。OLさんちゃんと」
「え、わたしにですか?彼女さんが?」
「うん。…なまえって言うの。可愛いでしょ。あ、はじめ君はそっちにあるでしょ?自分で注いでね」
「あ、ああ、」

「へぇなまえさんかあ。同じ会社じゃないですよね?」と、注がれたビールを飲みながら聞いてみると。驚いた。
すっごく優しそうな表情で「うん、残念ながらね」と呟いた沖田さん。こんな表情は初めて見たかもしれない。いつも意地悪な笑顔しか見ていないわたしと斎藤さんは同じくなんとも言えない顔をしていたと思う。

「ど、どんな人ですか…?」
「どんな。…そうだなあ。すっごく残念な子」
「ざ、残念だと?それは褒め言葉では無いと思うが、」
「似てると言われたわたしの立場は…」
「何言ってるの?すっごい褒め言葉じゃない。僕にとっては、何より最上級の褒め言葉だよ」

くるくるとグラスを回す沖田さんは、逆の手で机に置かれたスマホを撫でると「あのね、」と珍しくゆっくりと目を細めた。凄くやさしく。

「僕が何を言っても笑って許しちゃう残念な子。あと、何でも言う事聞いてくれるし、何より僕の事が大好きだし。告白なんて殆どコント見たいな物だった。好きですって言ってきたなまえに、じゃあ僕の大好きな物買ってきてくれたら付き合うよ。なんて冗談で言ったらさ、」
「うわ、最悪、」
「…、総司は何処まで行っても総司だな、気の毒に」
「君達だって十分酷いよ。…でもさあ。まさかあんな事になるなんて、僕だって思わなかったよ」

沖田さんが楽しそうに喋るもんだから、わたしも気になって気になってしょうがなかった。斎藤さんも、相手のなまえ…さん、に「引き返すなら今だ」なんて言っている。この場に居ないのに、なまえさん逃げて!と言いたくなる。
ああ、きっとあれだ。彼女は、ドの付くMだ。同じ女のわたしにはわかる。あと、同じ部署内でも沖田さんのファンにはアルティメットマゾが多く見られる。それは否定しない。けれど、どうも引っかかるのは、やっぱり沖田さんのその表情。
思い出しているのか、時々クスクスと笑って何だか楽しそう。

「あんな事って?」
「あっはは、思い出して笑えてきちゃった。凄いんだ。僕の好物って伊勢の赤福なんだけどね、彼女その日の内に夜行バスに飛び乗って伊勢まで買いに行ったんだよ!?会社休んでまで!本当に可愛いよね!あっははは!思わずよろしくって赤福受け取っちゃったんだ」

「…………お疲れさまっしたー」
「…ああ、OLさん、遅くなった送って行こう」
「わあい、斎藤さんありがとうございますー」

「ちょっと、」

隣りに畳んであったコートを掴んで頭を下げると、またまた不機嫌そうに沖田さんがビールを煽った。斎藤さんも流石にドン引きの恋バナである。
ああ、悪い男に引っかかって。なまえさん。顔も見た事ないけれど、何気に気になってしまう。そしてどの辺がわたしに似ていると言うのか。残念なところ!?残念なところなのか!?
再び席に着き、はあと溜め息を付いていると、沖田さんの手元でスマホがぶるぶると震えだした。

「あ、噂をすれば、なまえだよ」
「…総司、出ないのか?」

どうやら着信らしく、コールの文字と共に先程聞いたばかりの名前が表示されている。しかし、取ることも切ることもしない沖田さんは、その画面をじっと見て笑っていた。
いよいよ、わからなくなってきたわたしと斎藤さんが顔を見合わせた時、プツリと振動音が止まり、再び沈黙するスマートフォン。
あらら、結局出なかったよ。さっきまであんなに気にしていたのに。と沖田さんを見上げると、

「あれ、沖田さん。顔真っ赤ですよ?今更酔ってきちゃったんですか?」
「違うよ、」
「そもそも総司は酒が強い、あれくらいでは酔わぬ」
「へぇ、じゃあ早く彼女さんに電話を、」
「まだ、もう少し、」

その言葉に、何を?と聞き返す間も無く聞こえた言葉。



「もう少し焦らしてあげると、後々凄く甘えてくれるんだよね。だからまだ折り返さない」



次の瞬間、斎藤さんがわたしの腕とコートと鞄を鷲掴みにしてこの場を後にしたのは言うまでも無い。





色々な愛のカタチがあってもいいじゃない


(あ、なまえ?僕だよ、今ね。同僚と君が餌を欲しがる鯉みたいだって話してたんだ)
(え、私の話ししてくれてたの!?嬉しい!総司さん大好きっ!滾る!)
(君ならそう言うと思ったよ、)






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