僕が大好きな人には、好きな人が居た。
別にそれは大した問題じゃないと思う。本当に手に入れたいなら奪っちゃえばいいと思うし。奪うにしたって別段難しいだろうとは思わないし。

でも、こうして見ていると本当に僕なんか遠く及ばないんだろうなって言うのが手に取る様に分かっちゃうから気に入らない。
ねぇなまえちゃん知ってる?はじめ君はキミが思ってる程完璧な男なんかじゃないんだよ?どうしてそれがキミの目には映らないのかな。
相手の表しか見えてないし、きらきら輝く瞳に映すのははじめ君だけで、僕だってこんなにも近くでキミを映してるのに見向きもしない。

いつも雑誌読む振りして僕が見てるの知らないよね。
だってキミも携帯電話見る振りしてはじめ君を見てるから。



「はじめ君携帯鳴ってるよ」
「…ああ、」
「出ないの?切れちゃうんじゃない?」
「…すまない。少し席を外す」
「はーい、行ってらっしゃい」
「いってらっしゃい!斎藤くん」
「ああ…すまないなまえ。待っていてくれ」

携帯を隠す様に手に滑り込ませ席を立ったはじめ君は、そのまま足早に店の外へと消えていく。目の前のなまえちゃんはにこにこ笑ってドリンクバーのストローをがじがじと噛んで遊んでいた。


僕とはじめ君は昔から良く遊ぶ方だった。休日にこうしてファミレスやカフェなんかでだらだら話したり(はじめ君は楽しくなさそうだったけど)どちらかの家に行ってだらだらしたり、何処へ行ってもだらだらしていた。だらだらしてたのは僕だけだけど。
でもその内はじめ君に僕を差し置いて先に彼女が出来て、それがなまえちゃんだった。
僕が面白いモノを見る目で「良かったらキミもおいでよ」なんて遊びに誘ったのが始まり。最初の頃は凄く警戒されたし、はじめ君が好きそうなタイプっていうの?ちょっと控えめで誰かの背中に隠れちゃう様な子だった。

でも何度も何度も誘うに連れて、結構仲良くなって。僕はちょっと居た堪れなかったけど、なまえちゃんは話して見ると凄く明るくて面白い子だったんだ。
ちょっとはじめ君の顔色伺う所があったけど、それでも見てるだけで「ああ、好きなんだなぁ、」って分かっちゃう位文句無しの横顔だった。

いつの間にか、そんな女の子を好きになって。
いつの間にか、月日が流れて。
いつの間にか、僕が入り込めないくらい二人には思い出が重なっていて。

そろそろ、諦めなきゃなぁ。なんて思っていたんだけれど。

「ねぇ、なまえちゃん」
「何です?沖田さん」
「キミ、いいの?あれ、」

ストローを加えたまま顔を上げたなまえちゃんは、にこにこしながら僕を瞳に映して首を傾げて見せた。その仕草一つ一つがいつもはじめ君に向っている事を知ってるから思わず奥歯を噛み締めそうになったけど、僕はいつも通りの笑顔を貼り付けて大きな窓ガラスを指さす。その先には電話をしながらこちらに背を向けているはじめ君が居て。
ゆっくり姿勢を起こしたなまえちゃんが無言でそれを見ていた。

僕は知ってる。
あの電話の相手は同じ大学の女の子だよ。

「ああ、えっと…はい」
「どうして?頷くって事は相手分かってるんだよね?」
「あーうー…、はい、」
「ふうん。キミ、相当物好きなんだね」

付き纏われてるってはじめ君は言っていたけど、実際あの性格だから女の子に対して「止めてくれ」くらい言いそうなもんだけど…それを言わないって事はどういう意味なんだろうね。
そして知ってて容認してるなまえちゃんもなまえちゃんだと思うし。馬鹿みたいに笑っててさ。僕は見てるとただイライラするんだけれど、きっとそれこそ余計なお世話なんだろうね。君達にしてみたら。

「斎藤くんは…いつもすまないって謝ってくれてます、し」
「それって臭い物に蓋的な?」
「え、」
「だって、嫌な癖に言わないなんて目逸らしてるだけじゃない。面白いねなまえちゃん」

クスクスと笑って茶化してみると、みるみる眉が下がっていくなまえちゃん。ぎ、と椅子の背凭れに身体を預けて再びはじめ君を見ていると、あの背中にいつも着いて行くなまえちゃんの後姿がチラついて見えた。
だってどう考えたって怒って良いと思うんだ。僕は。
自分の恋人が他の女の子と電話していて、こうして取り残されて一人その人を待つなんて僕だったら耐えられない。

ああ、なるほど。
僕は自分を重ねてるのかな。
その対象は、自分の好きな人なのに。

だからこそこんなにもイライラするんだ。きっと。

「ねぇ、なまえちゃん、」
「…はい、」
「僕にしておけば?」
「え…」

貼り付けた笑顔を剥がして目の前で泣きそうになっているなまえちゃんを真っ直ぐ見据えると、その瞳が一瞬揺れた気がした。

キミの考えている事なんて分かる。一体僕がキミを何年見てきたと思ってるの?

記憶にある横顔は殆ど嬉しそうな恋する乙女って表情だけど、最近のキミの横顔は寂しそうなんだよ。今にも泣きそうで、はじめ君の裏を直ぐ其処に感じながらジッと耐えてる横顔は、正直見て居たくなんて無い。

「もう我慢なんてしなくていいのに。どうせキミのことだからはじめ君が嫌がりそうな事言わない様にしてるんでしょう?」
「…………、」
「あの真面目君にはきっと微塵も伝わってない。キミは大丈夫だと思ってる。そう信じてる」
「…わたし、は」
「だから平気で電話も取るし、席も外すし、キミを待たせる。そして、はっきり“なまえちゃんだけが好き”だなんて相手の女の子にも言わない」
「…、っ」

水滴が沢山付いたグラスを手に視線を逸らし取り窓の外をぼんやりと見ながら僕は続ける。きっと今僕の膝に沢山落ちている水滴は、涙だ。人前で泣くなんて無様な事はしないけど、その代わり。きっと本当に泣いたら、カーキ色のズボンに沁みる涙はもっと温かいんだと思う。冷たい涙なんて僕は流したこと無いないんだから。
外をこんなに沢山の人間が歩いてるのに、その中に繋がりってどれくらいあるんだろう。もし、あそこで休憩してるっぽいサラリーマンと僕が話す機会なんてあるんだろうか。きっと無いと思う。
あそこで彼氏と手を繋いで歩いてる幸せそうな女の子は、あの男とどうやって出会ったんだろう。きっと僕には一生関係の無い事で。

なのに、こうして何億人分の1の確立で出会った子には好きな子が居て。
その子が、凄く悲しそうな顔をしているんだから、救えないよ。

「ねぇ、なまえちゃ、」

柄にも無く運命の定義なんて考えちゃって、首を横に振り前を向くと思わず喉の奥で呼吸が止った。
ぽろぽろと大粒の涙を溢して、自分の膝の上でスカートをぐちゃぐちゃに握り締めているなまえちゃんが居たんだ。




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