「…ん、」

頭痛い…。

目を瞑っても開けても真っ暗な視界。
でも横たわっているらしい身体だけは熱くて、半身が触れているフローリングが堅くて骨が軋む。

なんでこんな事になってるの?…と、目を慣らす前に今日の出来事を振り返ってみると、痛む頭は意外にも直ぐに全部を思い出し状況を僕に伝えてくれた。

そうだ。今日は新八さんの家に半ば無理矢理連れてかれて皆でお酒を飲んだんだ。

僕は元より、わいわい大人数で飲んだりするのは好きじゃない。それこそ絡まれたり食べさせられたり、一人で静かに飲むのが好きだった僕は当然「行かない」って言ったんだけど、平助くんや左之さんに引っ張られて連れて来られたんだった。
しょうがないなぁ。と思いつつも新八さんの家に上がった時、中から聞こえてきた高い声に心臓が跳ねたのを覚えてる。

なまえが来てる。

『あー総司ー!来たじゃーん!』
『何で居るのさ』
『何よ、いちゃ悪いの?』
『なまえが居たらますます静かに飲めないじゃない』

グラスを運んでいる最中に僕を見つけ足を止めた彼女を見て、僕は反射的に嫌な顔をして『あーあ、』なんて口にしてた。
でも、そんな僕を見て『この面子だとわたしが居ても居なくても一緒でしょ』なんて笑ってるなまえは、僕の憎まれ口にもいつもの如く無反応。これがはじめ君や土方さんだったりしたら瞬く間に言い合いになるのに。

まるで自分の家かと思う程自然に、そこら辺に乱雑に置いてあったスリッパを平助くんに渡されてそれを華麗にキャッチすると、いつも通りな口振りの反面、馬鹿正直な僕の身体は足取りも軽く部屋へと進んでいった。

そしていつも通りの仲間に囲まれて飲んだお酒の味は、途中から覚えてない。
でも、楽しかったのは覚えてる。

どうやら僕はいつの間にか寝てしまっていたらしく、起きたらこの暗闇の中…新八さんの汚い棲家で他人の寝息を感じながら横たわっていた。

「……………、」

きっとはじめ君と土方さん辺りはもう居ないな。
いつも潰れて雑魚寝しちゃうメンバーって決まってるし。僕はどれだけ酔っててもちゃんと帰る派だし。この分だとなまえも僕を置いて帰っちゃってるだろう。
どうせいつものあの三馬鹿が残されて、真っ赤な顔で寝てるんだ。鼾も酷いし、酔いが醒めて来た所為でさっきまで気にならなかったお酒の匂いと食べ物の匂いが頭に響く。

「あーあ…ついてないや、」

今からでも黙って帰っちゃおうか。朝を迎えたらきっとここは地獄になる。散らかし放題だった部屋の片付けと、酔い潰れた馬鹿達の介護なんて真っ平御免だもの。
思わず想像してゾッと背筋を凍らせた所で、僕は逃げるが勝ちとばかりに身体を起こす。目が慣れてきたからぼんやりとカーテンの隙間から射す月明かり…なのか、はたまた街灯の明かりなのか、それを見つけ視界に入れながらも大きな溜め息をついた。ワックスが付いてる髪の毛も横になっていたから当然の様にぼさぼさになっちゃってるし…身体はべたべたしてて気持ち悪いし、早く帰ってお風呂に入って自分のベッドで寝直したい。

「今、何時…」

近くに置いてあった筈の携帯を探して手を伸ばすと、不意に何か柔らかい物に指先が当たって首を傾げた。
三つ重なる鼾は少し離れた所から聞こえるから、きっとあの三馬鹿の物じゃない。
だったら、誰。
はじめ君も珍しく潰れて寝たか、ジュースばっか飲んでた土方さんがまた誰かの悪戯でお酒飲まされて倒れているかのどちらか…だと、思うんだけど。

「ちょっと、総司…どこ触ってんのよ」
「……………」
「聞いてる?」
「ああ、うん……」

暗い中、僕の手が触れたのはどうやら携帯でもはじめ君でも無くて、ここに居る筈の無いと思っていた人物の物だった。
高い声に癖のある話し方、遠慮の無い言葉遣い。紛れも無くなまえのもの。

「君、なんで居るの?」
「何でって…いつも一緒に帰る総司が寝ちゃって、終電前に起こしたんだけど“起きたら帰るから待っててよ”ってあんたが言ってたから待ってたのよ。なのに全然起きないし…終電終わるし、皆寝ちゃうし…、ぱっつぁん達の鼾が煩くて眠れないし…」
「……覚えてないや、」

まだ暗いから顔は見れないけど、ずっと僕の隣りに居たらしいなまえは「でも珍しい総司の寝顔見れたから許してあげる」と小声で笑っていた。
どうやら一度起こしてくれたらしい。記憶には無いけど、僕はなまえに「待ってて」って言ったんだ。いつもだったら、僕が「帰りたい」って言い出して「まだ居たい!帰りたいなら勝手に帰ってよー」って言うなまえを引き摺って無理矢理一緒に帰っていたのに、どうやら今日は素直に待っていてくれたらしい。なまえだったら、僕を置いて帰ってそうな物なのに。珍しい事もあるもんだなぁ。

「それで?どうする、今から帰る?タクシー代出してくれるならわたしも帰るけど、」
「……うん、どうしようか」
「朝まで居たらきっとわたし達の日曜日は消えるよ」
「それは嫌だなぁ」

小さな声で話すなまえの言葉に、適当な返事をする僕の意識は未だ触れている手に集中していた。別になまえに触れるのなんて初めてじゃないし、よく周りからは「男友達みたい」だとか、「二人は付き合ってるの?」だとか言われちゃう位にスキンシップも激しいし、今更照れる様な事でもないのに。

なのに、なんでだろう。
この暗闇の所為か、周りに人が居るのに僕達二人しか起きていないって可笑しな状況の所為か、直ぐ近くになまえが寝転がっている所為か、それとも。

「お酒の匂いの所為かな…」
「うん?」

こんなに身体が熱くなるのは。

「ねぇなまえ、なんで僕のこと待ってたの?」
「…は?」

僕が中途半端に起こしていた身体を捩り、フローリングに付いていた片肘を離し体制を変えると直ぐ近くから聞こえる息を詰まらす音。
触れているのはどうやら腰辺りらしく、なまえ身体がビクリと固まるのが伝わってきた。そのまま再び寝そべる様に身体を倒すと、ドンピシャ。目の前にあるのはなまえの柔らかくて細い髪の毛で、あちらを向いて寝ていたらしい彼女の背中に僕の胸がぴったりとくっ付いている。

「あれ。…へぇ。なまえってこんなにいい匂いするんだ」
「え、ちょっと、総司…」
「知らなかった。今まであんなにお酒の匂いしてたのに、一気に女の子の匂いになった」
「あ、や、」

そのまま腰に置いていた手をぐるりとお腹に回すと、グッと曲げられる背中。縮こまるみたいに身体を曲げたなまえは、いつもとは違う僕の手の動きに動揺しているみたいだった。そうだよね。いつもは「これなぁに?」とかからかってお腹のお肉抓む程度だもんね。

でも、またまた…なんだろう、これは。
ずっと一緒に居て気心が知れた仲だったなまえがこんなに女の子らしい反応を示してくれちゃうもんだから、僕にだってそういう色々な感情が沸いてきちゃうじゃない。
意外に…ちゃんと反応するんだ、この身体は。

僕も彼女の背中を追いかける様に身体を曲げると、再び重なるお腹と背中。そのまま目の前にあった髪の毛に鼻を埋めると、じんわり熱かっただけの身体は一気に熱を上げた。

「ね、みんな寝てるよ…」
「し、知ってる…っ」
「今ここには僕達だけしか起きてる人間はいないね」
「見れば…わかる、っ」

いつもより低い声音でそう言ってあげれば、丁度近くにある耳に僕の息が触れる。ビクと過剰反応を示しているなまえの声は、僕の小声よりずっと小さくて、よく耳を凝らさないと新八さん達の鼾に掻き消されちゃいそう。

いつも馬鹿やってるけど、こうして見ると…この子も女の子なんだなぁ。

「…僕さぁ、人に待ってて貰うのって昔から苦手なんだ」
「え…、」
「でも何でだろう。君には甘えちゃうんだよね。今日は“なんでだろう”って思う事が多いよ」
「…総司、」

お腹に回した右手はそのままで、逆の左肘を使って一気に身体を起こす。感じていたいい匂いは名残惜しかったけど、それよりもっと

味わいたい場所があるんだ。



「っ、ん!?」
「黙って。ほら、皆起きちゃうよ…?」
「そ、そう…じ、っ」
「その反応…堪らないなぁ…っ、」

なまえの身体を力一杯引き寄せて上を向かせると、その上にまるで覆いかぶさる様に跨った僕を、丁度カーテンから漏れた明りが照らした。
自ずと映る視界の中で、なまえは驚いた表情で僕を見上げていて僕はそれを笑いながら見下ろす。床に広がった髪の毛が凄くヤらしかった。

ゆっくりと顔を近づけてそのまま唇を奪うと、僕の口の中になまえのくぐもった声が流れ込んできた。長年一緒に居た癖に初めて重ねた唇に不思議と違和感なんて無い。まるでずっとそうしたかった様に僕の身体はそれを真っ直ぐに求めていた。



「抑えないと、新八さん達が起きちゃうよ…?」
「っ、ん、」

そこからはもう頭で考えるより先に身体が動いてた。

なまえは抵抗しなかったし、大声で皆に助けを求める事もしなかったし、僕の着ていたシャツをギュっと握ってキスを受け止めてくれた。

「……なまえ、」
「んー…、そっ、じ、」

それを良い事に僕は一杯なまえを触って、撫でて、抱き締めて。服の中に手を入れちゃったりとかもしてたと思う。でも散々触れている間もずっと頭の中では「明日からどうするつもりなんだろう…僕は、」と自問自答を繰り返していた。
今の関係が心地よかったし、でも友情とはどこか違っていて。今日みたいになまえが居ると知った瞬間から、あんなに嫌だった飲み会だって楽しくて…柄にも無く騒いで潰れて、寝ちゃったりして。僕が僕じゃ無くなっちゃうみたいな感じかな。

ああ、上手く説明出来ないけど…感じたのは今までに無い位の幸福感。
甘い首筋をべろりと舐めながら、なまえの薄く開いた唇から漏れる吐息が嬉しくてしょうがなかったんだ。




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