「こりゃ、どうすっかなぁ…」
「………し、仕方ないよね。会社の方針だもん、」

朝出勤してから社内メールを確認すると、何やらこんな内容が送られて来ていた。

『社員各位』
・本日より社内一斉内装工事を開始致します。隣接されているモール街への移動は玄関ホールを使い行って下さい。なお、全館内非常階段及び非常扉への出入りを禁ず。屋上への出入りも同様に禁止致します。終日は未定。

別に、そんな事なんの不便も無いだろうと思うのが普通だ。
うちの会社は玄関ホールにエスカレータがある位の大手で隣りには有名なショッピングモールが隣接している。
それは女子社員に取って凄く喜ばしい利点の一つで、昼になったらオフィスの廊下に設置されている非常扉からモール街…所謂ランチに行けるなんて言う素敵な構造をしている。
まぁ、そんな事はどうでもいいんだけれど。わたしに取って、このメールは凄く面白くない。何がと言うと…。

「実際人目忍んでイチャつける場所が一時閉鎖されちまうってだけだろ、」
「…うん、でも…左之さ、じゃない…原田さんだって、寂しいと思ってくれてる、よね?」
「ああ?そりゃぁ、なぁ」


恋人である左之さんとイチャコラ出来ないって事!!!

隣りに居る左之さんは、腕まくりをしたシャツにまるで日本人離れしている髪色に目の色。スラっと長い脚に程好く着いた筋肉は完璧。本当に完璧な大人の男だ。
同じ会社で働くわたし達に取ってこの建物は所謂デート場所の様なもので…いや、社会人としてそれはどうなんだと突っ込まれそうだけど、二人ともやる仕事はちゃんとこなしているのだから大丈夫だ問題無い。…多分。
いつもわたし達が愛を育んでいたのは、今日から閉鎖になる屋上や非常階段、モール街へ行く時にあるほんの小さなスペースで。…え?鉄板過ぎる?放って置いて!

「はぁ、暫くはお預けですね、」
「そうだな、なまえだってバレて面倒な事になっちまうの、嫌なんだろ?」
「ひ、人が居る時は苗字でお願いしますっ!」

そしてこんなわたしが…左之さんに相当ハマっているっていう事。
もともとフランクな人だったから友達感覚で接していたわたしだったけど、いつからかその瞳に掴まり意を決しての大告白。その末、晴れて恋人になってから今日で約一ヶ月…だったんだけど。

「いつも土日は忙しいから逢えねぇが、もし長引く様なら一日休み取ってやるよ」
「…はい、」

こそこそと小声で話した後辺りを見回して誰も居ない事を確認すると、左之さんはポンポンとわたしの頭を撫でてくれた。それだけで今日からの苦痛の日々を何とかして乗り越えて行こうとまで思えてしまう。

彼の休日は本当に忙しい。
社内にある野球チームに入っているらしく、土曜日は夜遅くまで練習で日曜日は練習試合に打ち上げ。帰るのは深夜に近いと言う。それ故、わたしが構って貰えるのはいつも平日の会社の中だけだった。

今まではそれが不服だと思えない程に、仕事の合間合間に構ってくれていたし、メールも電話もマメにしてくれたから今までは寂しいなんて考えた事が無かった。
あんなに憂鬱だった仕事だって毎日楽しみでしょうがなくて、周りから「最近みょうじさん頑張ってるね!上司が褒めてたよ」なんて言われていたのに。

「それじゃ、みょうじ。終わったらメール入れとくな。午後も頑張ろうぜ」
「…はい、頑張りましょう、」

それだけ告げて優しく微笑んだ左之さんは、ヒラヒラと後ろ手を降りながら自分のオフィスへ続く道を歩いて行く。

「…………っ!」


それだけじゃ足りねぇぇえええええ!!!
ちゅうしてぇえええええええええ!!!!

バンッと廊下の壁を殴りながらわたしはハラハラと涙を流していた。

廊下を歩いていく後ろ姿だけでも本当に格好良くて…、いつもは沢山あるスキンシップが、今の頭ポンだけで終わってしまった事に早速心が折れそうになっている。オフィスは階が違うからあまり逢えないし、左之さんの部署は本当に忙しくていつも残業だから一緒に帰ったりも、仕事上がりに遊びに行くことも出来やしない。
いや、最初は仕事が出来る所を尊敬して惚れたから今更「仕事しすぎ!」だなんて言える訳が無いし。言ったとしてもそれはイイ女が言う台詞じゃない。

そして…
今日からわたしは、こうして少ないスキンシップに悶え苦しむ事となる。


来る日も、

「原田さ、」
「おお、…と、みょうじどうし」

「みょうじちゃーん!部長が探してたよぉー!」

来る日も、

「よぉ、みょうじ、」
「原、」

「みょうじ、会議室に資料持っていってくれー」

邪 魔 が 入 る !

ぐでーっとデスクに突っ伏したわたしは、あの日からずっとこんな感じだ。
改装工事のお陰でいつも廊下には誰か居るし、たまたま会えたところでそれは同じ。隙を見計らって彼のオフィスがある階に赴いても、直ぐ誰かに見付かり声を掛けられてしまう。まったく誰かが社内恋愛は碌なもんじゃないと言っていた言葉の意味がやっと分かった。見に沁みて…。

それにやっても一週間程度だろうと踏んでいた改装工事は一週間を過ぎた今、まだまだ終りが見えない。

「うっうっ、うぅ〜足りない〜…」

結局先週は土日も逢えなかったし、擦れ違ってお互いに顔を見て笑い合うか自然な挨拶をするのみで過ぎ去った。
拷問?焦らしプレイ?いいえ、会社の陰謀です。

なんて八つ当たり紛いな事をわたしの頭が考え出したのは、今週に入ってからだった。

左之さんは…平気なんだろうか。





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