「ねぇねぇ二人とも、今帰り?」
「…総司、」
「あ、お疲れ様でーす沖田さん」

今日も一日頑張ったー!と両手を上げ、骨を鳴らしていた時何だかニヤニヤと口元を上げた沖田さんが、まるで井戸端会議をしている奥様みたいなノリでわたしのデスクへとやってきた。
同じく帰り支度を整えた斎藤さんが、何だか怪訝な顔でそれを向え「何を企んでいる…」ともっともな突込みを入れた。まぁ、十中八九このニヤニヤ顔の時の沖田さんは、碌な案件を持ってこない事は、言わなくても理解してくれた事と思う。

取り合えずわたしもコートを羽織ると「何ですか?」と警戒気味に首を傾げた。

「うん、駅まで僕も一緒に帰ろうかと思って」
「…珍しいな。あんたはいつも誰より先に退社している筈だが…、」
「あ、そう言えばそうですよね?」
「たまにはいいじゃない」
「………………、」

じとりと沖田さんを睨みつけている斎藤さんが視界の隅に映ったけど、よく考えたら別にそれが悪い事じゃない。一緒に駅まで帰って仲良く手を降って「また明日!」それって社会人にとっては気持ちの良い終業の仕方だと思う。
わたしは「勿論いいですよ!一緒に帰りましょー!」と笑い、「ありがとうOLさんちゃん」と笑いながらネクタイを締めている沖田さんを見上げていた。

ならばもう出よう。と斎藤さんに促されホールまで歩いて向う。
その間、沖田さんは仕切りに自分の携帯…あ、スマホでしたねすみません。を覗いてはニヤリ。覗いてはニヤリ。ずっとそれを繰り返していた。
ますます首を傾げてしまうわたし達なんてお構い無しに「あー、今日も疲れちゃった」なんてカラカラ笑っている彼は、やっぱり何か企んでいるのだろうか。
ちらりと斎藤さんに視線を寄越すと、呆れ顔で溜め息を付き目を伏せた。

あ、お手上げモードだ。


「OLさんちゃんとはじめ君、最近ずっと一緒に帰ってるんだってね」
「ああ、」
「たまーに飲みに行ったりもしますよ!」
「わあ、はじめ君懲りないねぇ、」
「ちょっと、それどういう意味ですか…?」
「そのままの意味。だってOLさんちゃん酔うと頭の悪い絡み方してくるじゃない、」
「…それは否定しないが、」

「さ、斎藤さんまでっ!?」

エレベータを降りそのままホールを潜ると、まだまだ寒く吹き付けるビル風がわたし達を襲った。
既に暗い空を見上げて、息を吐き出すと夜空にほんのりと白い霞が舞い上がる。隣りで“酔ったわたしの珍発言”トークをし出した二人を睨みながらも、わたしはブーツを鳴らして遊歩道を歩き出す。

その時だった。
後方から澄み切った空気に混じりとても元気な声が、知っている名前を呼びながらわたし達の背中に飛んできたのは。


「総司さんっ!!!!!」

「え?」
「は、」
「………、」

その声に振り向いたのは、わたしと斎藤さん。
呼ばれた本人は振り返る事もせずきゅっと肩を竦ませ、前方を見つめながらニヤリと一つ笑って見せた。取り合えず交互にそれを見据えていると、後方に居た人物が先に動いた。

何あの子…。すっっっっっげぇ可愛いっ!!!!!!!!

小動物みたいな人懐っこい顔、って言うの?ちょっと良く説明出来ないんだけど、笑顔がお日様みたいな感じで、服装もそんな笑顔に合っている。女のわたしから見ても、食っちゃいたいくらいに可愛い。彼女もOLさんなのか、社会人らしくよく見る茶封筒を持ってヒラヒラと振っている。

ぱたぱたとヒールを鳴らしてこちらに駆け寄ってきたその激マブ(死語)の女の子は何度も何度も「総司さん!!」と、未だ振り向きもしない沖田さんの名前を呼んでいた。

「おい、総司…知り合いじゃないのか?返事くらい、」
「そうですよ、あんな可愛い女の子シカトするとか、男の風上にも置けませんよ沖田さん」
「OLさんちゃん発言が気持ち悪いよ」

ちゃんと突っ込む所は突っ込んだ沖田さんは、今まで緩めていた口元を真っ直ぐ引き締めると、そこでやっと女の子へとゆっくり身体を向けた。

「なまえ、お疲れ様」
「はい!!電話取ってくれないし、声掛けても振り向いてくれないからまた“他人のふりごっこ”してるのかと思っちゃいました!」
「あはははは、一度した事を僕が二度もすると思う?」
「思いませんっ!背中姿もかっこよかったですっ!」

「「…………………、」」

開いた口が塞がらないって、まさにこういう事だと思うの。
斎藤さんもわたしと同じ様な顔で、沖田さんと笑い合っている女の子を見ている。って言うか、待って。なんて言った?他人のふりごっこって何?やだ、怖い。何その誰も幸せになれなさそうな遊び。

「あ、なまえ…さん、って、まさか貴女っ!」
「はい?…あ、わわ!こんばんは!総司さんのお知り合いの方ですかっ!?すみません見えてませんでしたっ!」
「始めからがっつり隣りに居ましたけどねっ!!!」
「すすすすみませんっ!!!…って、もしかして、」

「OLさんさん?」と小首を傾げてまん丸な目にわたしを映し、そう言った。
あれ、わたしの名前…?と、その前に彼女の名前は以前に聞いた事がある。
彼女を挟んで後方に居た斎藤さんは完全に忘れてしまっているらしく、首を傾げて「なんだ、OLさんも知り合いか?」と天然炸裂させているけど。わたしはちゃんと覚えてる。あの日は潰れるまで飲んでなかったから。

「沖田さんの彼女だっ!」
「はいっ!!!!ぎゃぁああっ!!!何て素敵な響きっ!滾るっ!!」
「た、たぎ…」
「あっははははは!」

ようやくピンと来たらしい斎藤さんが彼女の元気のよさに圧倒されている隣りで、満足げに笑う沖田さんを見てわたしは一人納得していた。
確かに、沖田さんが話していた通りどこか…わたしと同じ匂いがする…。まぁ外見は同じ所か、なまえさんの方が何万倍も戦闘力高めだけれど…。

「なまえ。紹介するね。僕の会社の同僚のはじ…斎藤君と、OLさんちゃん」

「斎藤さんとOLさんさんっ!はじめまして!総司さんのか、かかかか、かかっかっかかかかかっかkkkkk彼女のみょうじなまえと申しますっ!以後お見知りおきをっ!」

「あー、やっぱりあれだ。同族だ、」
「あんたの仲間か、」
「だから言ったでしょ?似てるって」

斎藤さんの事を名前から言い直した辺りで、何だか沖田さんの彼女に対する愛情が伺えた所でわたしは「今日一緒に帰ろうって言ったのは、このためですか?沖田さん」と、いつも弄られてばかりのわたしは反撃に出る。

くくく、焦れ、照れろ、そしてそのいつも余裕しか見せない表情を崩すのですっ!

何だかお酒も飲んでないのに、身体が温かくなってきて思わず素が出てしまった。いけないと口元を手で隠すと、突然隣りから強い力で引き寄せられた。






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