「わかるその気持ち凄く分かりますっ!OLさんちゃん!!!!」
「だよね!分かってくれるよねっ!なまえちゃん!!!!」

「「……………、」」

金曜日、午前0時。
五日間一生懸命仕事をした後の開放感に身を任せ、相も変わらずお酒を飲もうと涎を垂らしていた本日の就業直後。ふらりと現れたある人物に捕まったわたしは今、斎藤さんのお宅にお邪魔している。

スマホ片手に「お疲れ様OLさんちゃん」と労いの言葉を掛けてくれた沖田さんは、斎藤さんのお高そうなブランドネクタイを掴み引っ張りながら「ほらはじめ君、OLさんちゃんも一緒だからいいよね?逃げないでよ」なんて言いニコニコと笑っていた。そんな沖田さんを睨みながらげんなりしていた斎藤さんは、ネクタイをがっつり掴んでいた手を払いながらも盛大な溜め息を付いていた。

『僕の彼女…あ、なまえね。彼女がOLさんちゃんに会わせてって五月蝿いからさ、今日はじめ君の家で四人で飲まない?』

と、わたしを誘ってくれた。うん?…くれた、のか?
もうあの時の笑顔の裏に滲み出ていた「お前に拒否権なんてねぇよオーラ」は見なかった事にしようか。それに考えても見ればわたしに取って別に嫌な事じゃない。逆に嬉しいんだ。以前会社帰りに会った沖田さんの彼女、なまえさんがわたしに会いたいなんて言ってくれたんだから。あの美少女がこんな駄目女代表みたいな干物のわたしに会いたいなんてどんな物好きなんだよとか思われるかもしれないけど…一度会った事があるわたしは「ああ…あの子なら在り得る」なんて言えてしまう程に…、こう、なんて言うか…。


「OLさんちゃんてとっても素敵!私ね、総司さんからOLさんちゃんのお話聞く度にずっとお友達になりたいなって思ってたんですっ!」
「わぁああっ、ありがとうっ!凄くうれしいっ!」
「OLさんちゃん美人っ!滾るっ!」
「出た!たぎるっっ!」

がばぁと再び抱擁を交わしたわたし達は、顔を真っ赤にしながら大口開けて笑っていた。そんな酔っ払い女二人を、静かに見ている斎藤さんと沖田さん。
斎藤さんらしいお洒落なインテリア達に囲まれたわたしのテンションはいつもよりずっと高めなんだけど、そこにお酒が入ったらもう脳内がお祭り状態。それになまえちゃんは弱いながらも凄く飲む人らしく、ここに来るまでにコンビニで買ってきたお酒は既に半分以上がわたし達の胃の中へと吸い込まれていった。

「…総司、何故俺の家なのだ、」
「あれ、はじめ君ったらまだそんな事言ってるの?」
「いや、構わぬ…とは言ったが、この酒の量にこの騒がしさ…居酒屋の方が良かったのでは、」
「いやだよ。僕賑やかなの嫌いだし。それにさっきも言ったじゃない、君の家が一番広いんだからそんなケチケチしないでよ」
「ケチケチ……。ところでそろそろ止めぬのか?あんたの交際相手は…先程一度吐いていたが、」
「ああ、いいのいいの。普段からお酒飲ますとああだから」

わたし達の勢いに圧倒されているらしい斎藤さんは、今日は余り飲まずにつまみを作ったりお酒を追加したりと裏方へ回ってくれている(勿論貴重なエプロン姿も目に焼き付けました)。
最初はわたしも「斎藤さん、わたしがやりますよ?お酒飲んで下さい!」なんて言っていたんだけど、今はソファに座りながら只管なまえちゃんとのお喋りに時間を費やしていた。彼の隣りに座っている沖田さんもテーブルの対面で、膝を立てちびちびと「斎藤さんとって置きの日本酒」を飲んでいた。…でも、そこで気付いたのは、

「さっきから沖田さんずーーーっとなまえちゃんの事見てますね!」
「そう?まぁ否定はしないけど、」
「や、やだ!そんな見ないでください総司さんっ!照れますっ…!」
「えー、なんで?別に減るものでも穴が空くわけでも無いじゃない。ねえはじめ君」
「……俺に振るな」

沖田さんは相変わらずニコニコとしているけれど、その瞳はずっとわたしの隣りではしゃいでいるなまえちゃんを映していて。
今日だって、ここに来るまでの電車の中で仲良く寄り添っている姿がとても微笑ましくて、羨ましかった。羨ましかった…んだけど。

「あっ!総司さんっ!穴と言えば!この間のパンツ洗濯したら他の洗濯物と絡まって紐が千切れてしまいましたっ!!!」
「え、まだ一度しか使ってないのに?」
「ごめんなさい、洗濯ネットに入れておけばよかったんですけど…私の不注意です、すみません…」
「いいよ、じゃあまた買っておいてよ。僕は着いて行かないからね」
「え、ええっ!?私一人であのお店に行くんですかっ!?」

「「……………、」」


穴からどうしてパンツの話になるんだ。使うってナニ?
わたしと斎藤さんは、ラッブラブな二人の会話を聞いて同じ事を考えていたと思う。
斎藤さんに置いては絶句と言うか…青褪めている様な気がする。
そう、ここに来るまでも溶けちゃうんじゃないかってくらいの笑顔をお互いに見上げ見下ろし、終始楽しそうな二人だったんだけど…。何を話しているんだろう?なんて興味本位で近付いてみたら…その会話はわたしの想像の斜め所か宇宙の彼方へとぶっ飛んでしまうくらいにディープだった。
電車では「ちょっと一駅前で降りて走っておいでよ、競争しようよ」「ええ、でも私足遅いですし…きっと負けちゃいます」「なまえは鈍足だもんね」「うふふ、はい!」「あっはははは、」なんて辺りの乗客を(ドン)引かせていた。
雰囲気こそほのぼーのとしているのに会話がブラック過ぎて一般人程度の並みの頭じゃ理解出来ない次元。斎藤さんは「関わるな、あと少しの辛抱だ…」なんて言いながらやっぱりげんなりしていた。

「あ!すみませんっ!OLさんちゃんと…えっと、」
「………斎藤だ」
「さ、斎藤さんっ!何だか二人の世界を作ってしまいましたっ、ごめんなさいっ!」
「斎藤さん、名乗るのもう五回目ですよね…」
「ああ…」

それに、どうやら彼女の目には、家主であり沖田さんの友人枠である斎藤さんはまるで映っていないらしい。
このやり取りも既に何回か。回数覚えちゃってるくらいだから斎藤さんは結構ショックらしく、手の中にあるビールを煽りながら肩を落としていた。

この会話をする度に…凄く満足気な沖田さんの笑顔ったらない。

「ごめんねはじめ君。この子別にワザとやってる訳じゃないんだ」
「…いや、人の名前を覚えるのが苦手だという人間は居る。それはその人間の一種の個性と言うものだ。別に悲観するものでは、」
「違うよ。僕が余り他の男に媚売らないでねって言ってたらこうなっちゃったみたいでさぁ」

「「………、」」

それ、変な洗脳してませんよね。大丈夫ですよね、沖田さん…。

「えへへ、」と笑いながら小首を傾げている天使は、いつの間にかわたしを押しのけてソファの真ん中に移動してきた沖田さんに擦り寄る様に引っ付いていた。
ぎゅうぎゅうと退けられたわたしは、仕方なく斎藤さんの隣りへと移動する。それと同時にソファの後ろに掛けられている時計を見上げると、時間は既に終電も間近だった。それに、今それぞれが持っているお酒が最後の一本になる。

「あぁそろそろ帰らなきゃなぁ。わたし、眠くなってきちゃった…」
「もうこんな時間か。そろそろ終わらせるのが賢明な判断だな」
「え!?あ、本当だっ、すみません。私ったら初対面でお宅にお邪魔してしまった挙句、こんな長居してしまって…、」
「あっははは、はじめ君は初対面じゃないって言ってるじゃない」
「…もう良い」

突っ込むのも面倒になってきたらしい斎藤さんは残りの酒をぐーと飲み干した後、空になった食器類を纏めキッチンへと引っ込んでいく。
残されたわたしはと言うと、時計を見てしまったからか、襲ってくる現実へ引き戻された感に抗おうと焦点が合わなくなってきた目を擦った。






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