「おーい、風間ーどうすんだよ、一応お前のもあるぞ」
「…いらん」
「じゃあ俺が食っちまおう」
「…おいなまえ」
「はい?」
「酒…いや、茶だ。この間里から届いた上等な音物があるだろう。淹れて来い」

日向に出ると輝く金色は、日陰でわたしにそう言った。
なんだ、やっぱり食べるんじゃないですか。と思わず笑みが漏れそうになったけれど、そこは大人しく「分かりました」と腰を上げます。触らぬ鬼に祟り無しとはこの事なのですね。

「おい、天霧」
「なんです。風間」

そして足音を立てずに勝手場方に歩き出したわたしの耳に、風間の透き通った声が聞こえてきました。

「お前は何故来なかった、」
「………………、」

今わたし達が住まいとして借りている御母屋の縁側に小さな沈黙が降りた。
角を曲がった日陰でわたしがそっと歩を止めると、不知火が持っていた団子の包みがかさりと音を立てて揺れていました。

「何故でしょう。私にも分かりません」
「…そうか」
「まぁ。別にいいんじゃねぇの?どうせ遊びに行っただけだしな」
「貴様は遊びだろうが、俺は遊びでは無い」
「へいへい」


分からない。と言っているけれどわたしには何と無く分かってしまいました。

きっと、ここに居る同胞は皆同じ事を思っているから。
でも、それを認めてしまうのは意に反する事ですし、己で納得し消化することも出来ないでしょう。わたしもその一人なのですから。

「なまえ」
「は、はい!」

盗み聞きして居た事はやっぱりお見通しだったらしい風間から声を掛けられ思わず背筋を伸ばしてしまった。少し垂らした髪が首筋に触れ、まだ暑いとは縁遠い温度の中わたしはごくりと喉を鳴らしました。

焦がれると言う感情は本当にここに来て分かる様になった。
あの人間達に会う様になってから分かる様になった。

あの雪村千鶴と言う人間も、恐らく同じ。


「団子には熱めの茶が良く合う。手を抜くな」
「は、はい!」
「ならば、私も手伝いましょう。みょうじ」

ぎ、と大きな身体が縁側の床板を軋ませ此方へやってくる。
背後に立っている天霧をわたしは見れないまま歩き出しました。「分かりません」と応えた天霧は、何を思いわたしの隣りに居たのでしょうか。

「みょうじ」
「はい」

そして二人で歩き出すと、後ろから小さな声が掛けられました。


「いいのですよ。我々鬼の一族と言えど、生きとし生けるものの一つなのですから」


その言葉で、やっぱり彼も同じだと核心が持てました。
「そうですよね」とだけ返したわたしは、再び足を止め、ずっと遠くまで続いている空を見上げました。


「わたし達は人間にはなれないけれど、共存しているんですものね。だったらそれでいいのです。天霧も、ですよ?」
「ええ、」
「同じ道を歩いていけばきっとわたし達の道は一本に交わる気がするんです」


外ではそれを隠して居なくてはいけないし、同じ考えの同胞なんて恐らく里には少数しか居ないでしょう。でも、こうして集ったわたし達はどこまでも同じ道を歩いて行けたいいいと思いました。

だって、世界はこんなにも。


「広く永いのですから…」


振り向くと、天霧の肩に小さな小鳥が一羽止まり
焦がれ鳴いていた。





ひとに触れた鬼


(うめぇ!やっぱりこれはいいもんだな!)
(ふん、口に合わぬのだったら店ごと潰す所だったがな。見逃してやろう)
(風間。素直に美味だとそう言えばいいのでは)
(天霧の言うとおりですよ、)
(貴様等揃って煩いぞ)
(あんたが一番騒いでるがな…)



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