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「#幼馴染」のBL小説を読む
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「みょうじ、」
「え、」

苗字を呼ばれて、やっぱり身体を跳ねさせたわたしは、反射的に持っていた折り畳み傘を鞄に突っ込んで振り向いた。

「…何をしている。帰らぬのか」
「あ、いえ。あの…雨が、」
「ああ。突然降ってきたからな…。俺もこの通り足止めを喰らってしまった」
「………、」

わたしから視線を再び揺れる窓へと移してそう言った斎藤くんは相変わらずの無表情だったけど、小さく伏せた瞼から覗く青色の目だけは、意気地無しだったわたしの背中を、トン…と静かに押した。

「あ、あの!よ、良かったら!」
「折り畳み傘…、ああ。そうか、あんたは傘を持っていたな」
「はい!なので良かったら、い、一緒に駅まで…入って…行き、」

恐る恐る折り畳み傘を鞄から取り出したわたし。
語尾が小さくなっていく自分の声を聴きながら、そこでやっと自分の身体が震えている事に気付いた。カタカタと揺れている傘を見下ろしながら、目線を泳がす。
苗字を呼ばれた勢いで言ってしまった…。

今更考えてみたら、こんな女の子っぽい傘に斎藤くんが入ってくれる訳ないじゃない。
そもそも、女の子と並んで歩いている姿なんて見た事無い彼の事だ。もしかしたら、わたしが願い出た事は、彼に取って迷惑極まりなかったんじゃないだろうか。
全然話した事も無いくせに、舞い上がって、馬鹿みたいじゃない。どうしよう。

「……………、」
「……………、」

いつの間にか、人が居なくなってしまったエントランスホールに反射したわたしの声が、ぐるぐると頭の中で回っていた。
斎藤くんは、黙ったまま変わらず立っているけれど、俯いたわたしの顔に視線を感じる。きっと真っ赤になっているだろう熱い頬を髪で隠す様に撫で、今にも零れてきそうな涙をぐっと睫毛の前で止めていた。

ああ、やっぱり雨と青空は対なんだ。


「……止んだ、な」
「え…」


どれくらいそうしていたか、ぽつりと斎藤くんが発した言葉に、わたしは弾かれる様に顔を上げた。
すると、今まで滝の様に降り続いていた雨が嘘みたいに止み、水滴に寄って多少歪んだ分厚い雲の合間から、薄っすらと太陽の光りがわたし達を照らしていた。

「どうした。何故泣いている」
「ち、違うんですっ、びっくり、して!」
「あんたは不思議だな…。空が晴れて驚き、泣く奴など見た事がない」
「そうじゃなくて、あ、あの、やっぱり何でも無いですっ!気をつけて帰ってくださいっ!失礼しますっ!」

暫く待っていれば、傘なんて必要なかったじゃない。
何だか先ほど勢いで言ってしまった「一緒に駅まで入って行きませんか」の言葉が、恥ずかしくなってきて。わたしは捲くし立てる様に言葉を吐き逃げるように踵を返すと、突然背後から伸びてきた腕が、わたしの手を引きとめた。


「入れていってくれるのだろう?あんたの傘に」
「…斎藤く、」
「生憎、俺は傘を忘れてしまった。あんたさえ良ければ、駅まで入れて行ってはくれないだろうか?」


斎藤くんは…何を、言っているの?
振り返ってわたしの視界に映ったのは、初めて見る斎藤くんの微笑みと、いつの間にか晴れている空を同じ色の瞳で。

もう雨は止んでいるのだからもう傘なんていらない筈なのに…と、訳も解らずただ固まっているわたしの手からスルリと桜色のそれを攫って行った斎藤くんは、ホール玄関でそれを器用に開き、左手で持ち替えながら再びわたしを振り返って静かに笑った。


「俺は、昔から晴れ男だと言われる…。だが、晴れた日に傘を差してはいけない決まりなど無いだろう」
「あ、」


わたしの傘を差してそのまま構内から歩いて行く斎藤くんの背中を、わたしは追いかける。


お願い、お願い神様。

今日だけは、もう雨を降らせないで。


「斎藤くん、ありがとう」
「礼を言うのは俺の方だ。…どうだ、あんたも入るか?」
「わ、わたしの傘ですよっ!」
「そうか道理で。…みょうじらしく可愛らしい傘だな」


く、と悪戯っぽく笑った斎藤くんは、くるりと一度傘を回した。






青空に焦がれるUmbrella

(皆に見られてますね)
(別に見たい者には見せておけば良い)
(はいっ!)







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bkm

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