「お仕事って何時まで、ですか?良かったらわたしとデート、じゃない…お食事にでも行きませんか?」
「………、何故」
「な、なにゆえーー!?」

何故と言われても、行きたいから行きたい訳であって…。え、ちょ、どう返せばいいの?輪ゴム系男子にはどう返事をすればわかって貰えるの!?輪ゴム語わからないよわたし!?

思い切ってお食事に誘うなんて、もう何年もしていない事を言った所為で若干パニック状態のわたしは、俯いてだらだらと汗を掻いていた。荷物を持っていた片手がぶるぶると震えて必死に頭の中で「何故だろう何故なの?」と自問自答。

目の前で佇んでわたしの答えを待っているらしい斎藤さんは、チラリと腕時計を見やってから静かに手袋を取り上着のポケットに入れている。

「ちょっと、待ってくださいね、えっとぉ」
「いや、いい」
「え、あ!あのっ、」

言うが否や近くに置いてあったゴミ袋に塵取りを突っ込んだ斎藤さんは、わたしに背を向けて駅長室へと歩いて行ってしまう。

あ、此れも聞いたんだけど。
どうやら新人の車掌さんはホーム業務も手が開いていたらやるって決まりらしいよ。いやあ、どこでも新人の扱いって同じだよね。わたしも毎日毎日お茶運びからコピー取りまで扱き使われて文句たらたら…ってそうじゃない!!!


「あの!!!」


一歩前に出ると、先程新調したヒールの裏に感じていた塵の感覚は無くて、しっかりと両足を着けて斎藤さんに向って声を張り上げていた。


「わたし、斎藤さんが好きですっ!だから、もっと知りたいから!だからわたしとお食事に行きませんか!!」


一世一代の告白とはこういうことか。
気付けば身体が動いて、そして言葉が…感情があふれ出して止まらない。
それが、恋と言う物だろうか。
きっと今あそこにあるベンチの上に、苺が乗ったショートケーキが置いてあっても気付かないだろう。

「あ…」

今は既に十八時を過ぎた辺りで、駅には沢山の帰宅する人達で混雑している。朝とは違い、沢山の好奇な視線が刺さってハッとする。
足を止める人、口を開けているサラリーマン、内緒話をする学生、そしてその視線は足を止めた斎藤さんの背中にも刺さっているだろう。

ああ、やっちゃった。
俯いて、動かなくなった脚を見るとぴかぴかのヒールの爪先がわたしを見上げていて「はやく逃げちゃいなよ」なんて笑っていた。それに映る自分の顔がとても情けなくて、やっぱりわたしは電車関係は何事も苦手なんだと再確認した。

「あ、ご、ごめん。こんな所で、…迷惑だったよね、あのわたし、」

まだ動かない目の前の背中にぽつりと言葉を掛けると、同時。
ガサリとゴミ袋が揺れた音が聞こえた。


「二十分、」
「え?」


顔を上げると、こちらに顔だけ向け帽子の鍔を持っている斎藤さんが居て。
ぐいっと深く被ったその帽子の下から少しだけ覗いている白い頬は、薄っすらと赤みが掛かっていて、思わず息を飲む。


「あと二十分で今日は上がり…故、その、直ぐ着替えて来る。待っていてくれるだろうか、」
「………え、」
「俺も、その…あんたと、なまえと話を、したいと…。兎に角!待っていてくれ、日誌を書いたら直ぐ来る!」
「は、はい!!!」


そのままわたしと目線すら合わさずに去っていく斎藤さんは、初めて会った時よりずっと小走りで。きっと周りからの視線が痛かったのだろう、最後の方は駆け足で駅員室へ飛び込んでいった。

取り残されたわたしは、その姿が見えなくなった時、


「っ!やったぁああ!!!」


ホームの真ん中で思い切りガッツポーズをしていた。
それと同時に滑り込んできた電車が、わたしの髪を靡かせてゆっくりと止まる。そして聞きなれたアナウンスがわたしの耳に入り込んできて、あの時の斎藤さんの横顔が蘇ってくすりと笑いを溢した。

「発車おーらい!」

真似事の様に額に腕を置き、笑うと扉を閉め走り出そうとしていた電車を見て思った。


「…わたし達を巡り逢わせてくれてありがとうね」





恋列車間も無く発車します


『白線の内側までお下がり下さい…』

(なまえ!早くしろ!あんたは毎朝毎朝!)
(うわああーーーん!はじめくん!ごめんんん!)
(間に合ったか、ではまた帰りに…)
(うん、はじめくんもお仕事頑張ってね!行ってきます!よしっ!行ってきますのチュウをくださいっ!)
(…っ!?馬鹿を言うな!!!)
(うわーん!扉閉まったー!はじめくーーーん!)



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