「あんたは何を考えているのだっ…」
「何って……お分かりになりません…か?」
「っ、!?」

そう言えば、あの日背後に隠された包みの中身を聞かされた時俺はどんな顔をしていただろうか。


「お慕いしております。はじめさんを、ずっと」
「…っ、」
「勿論どれだけ遠く離れてもずうっと…ですよ」


それが例え、天と地ほど離れていてもです。


そう微笑んだなまえを、気付いたら俺は隠す様に己の腕に閉じ込めていた。
頭の後ろを手で覆い、なまえの頬を此れでもかと言う位俺の胸に押し付け、掻き抱く。町で最後に逢った時より、今の方が断然「生」を感じるその柔らかさ。
俺はちゃんと此の手で抱いているでは無いか。指の間を通る細い髪も、俺の頬に当たるなまえの耳も、首筋も全てここに存在しているでは無いか。

あの日から、ずっと俺の隣りにあんたは居たでは無いか。



「やっぱり此処に居たんだ。はじめ君」
「…っ、」

俺を好いていると言ってくれたなまえに「俺も、」と言葉を掛けようとした時だった。突然背後から聞きなれた声が一つ飛んでくる。
振り向くとそこには、石段を登りきった所で唐傘を両手に持っている総司の姿があった。まるで呆れた様な声音とは逆に、その表情は物悲しく真剣だった。
一本は畳まれたままと言う事は、俺をわざわざ迎えに来たのだろう。そう言えば今朝は小雨だった故、雨避け等持ち合わせては居なかった事に今になってやっと気付いた。

「ほら、土方さんにいい加減に連れ帰って来いって僕が使いに出されちゃったじゃない。帰ろうよ。寒いし」
「……そう、だな」
「それにさぁ、」
「……、総司帰るぞ」
「………あれ?迎えに来た僕にお礼は無し?」


境内からゆっくりと歩き出すと頭から流れた雨粒が容赦無く俺の身体を打ち付け濡らしていく。擦れ違い座間に総司の手元から唐傘をすり取ると、そのまま現実へと続く石段が俺を待ち構えていた。

「はじめ君、独りでこんな所に居ても面白く無いでしょ?」
「いや、静けさが心地良いのだ。何処に居るより此処が良い」
「ふぅん。それなら良いけどさ、」

少し後ろに着いて歩く総司が立ち止り廃れ果てた境内の方を見遣ったのが分かった。

恐らくそこには何も無く、朽ちた柱と生い茂った草木しか存在はしておらぬだろう。


「ねぇ、はじめ君…」
「何だ、」
「あのさぁ、もしかしてあの呉服屋の子?」
「…何故、」

一層強まる雨のお陰で既に足袋は泥が跳ね色が変わり果てている。ばしゃりばしゃりとそれを確かめる様に歩いていると、総司からなまえの名が出た。
それに一瞬足を捕られながらも「違う」とだけ返し、屯所への道程を黙って歩き続けた。

「人はさ。いつか死んじゃうんだよ。それは僕だってはじめ君だって。遅いか早いかの違いだよ…」
「そんな事、」


痛いくらいに知り得ている。


少し低い声でそう告げた総司に何も返さず、俺はゆっくりと雨を辿り泣き止まぬ空を見上げた。
先程のなまえとの会話はもう幾月前に交わしたか既に曖昧だ。だがまだ鮮明に一言一言が頭の中に有り消えてはくれない。「慕っている」の言葉を聞く度俺は思いだすのだ。

ああ、もうこれを聞くのは何度目かと。

あの時、引き寄せ抱き留めた温かさもその時「俺もあんたを好いている」と告げた俺の声が震えていたのも。

それを忘れたく無いからこそ、
また俺はあの場所へと脚を運ぶのだろうな。


「きっと、来世では、二人で居られるよ」
「そうだと、良いな…」



しんしんと降る雨を並んで見上げ微笑み合う。
そんな次の世を、

あんたが隣りに居る世を、


俺は夢見る。





あいだ逢瀬

(娘は先日亡くなりました…、恐ろしい病です)
(…………、)
(貴方の名前を呼んでおりましたよ。最期の最期まで。本当に有り難う御座いました)
(…………、)


(……………)


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