「あの…もしかして、左之さん…昨夜のこと覚えて、」
「………………、」
「無いんですね、」
「……………悪ぃ」
「………………、」

顔を上げずに、胡坐を掻いたまま前のめりになっている俺の隣りから重い沈黙が降って来て思わず身体が固まった。
そりゃあ何度も何度もこういう事はあった。若気の至りだと言われたらぐうの音も出なかったが、今は昔とは違う。もう俺は大人だ。
いい年した大の大人が、行き当たりばったりの…しかも知り合いが溺愛してる(多分)妹に手を出しちまったと言うのだから救えない。


「……あの、わたしごめんなさいっ、あの、」
「いや、お前が謝る事じゃねぇよ…俺が悪いんだ。何も覚えてねぇ俺が悪い」
「そんなっ、」
「土方さんの妹だとかそんな事じゃなくてよ…。女一人傷付けておいて何も覚えてねぇじゃ済まねぇよな…」
「え?…あの、左之さん…、」

頭を抱えていた腕を重力に任せてそのままベッドに落とすと、やはり高かっただけあって良くスプリングが聞いて甲が弾む。
そのままゆっくり頭を擡げたまま隣りを見上げると、先程よりずっと困惑しているなまえが居て。カーテンから差し込んだ昼間特有の強い太陽の光りに薄っすらと照らされていた。

こいつ、こうして見ると土方さんとはまた違った顔の作りをしてる。
土方さんが強面だとしたら、こいつは甘い。
眉を下げたら尚更だ。

あの日、兄の後ろを付いて回っていた後姿からじゃ想像も出来ない成長っぷりと、いい女になったなぁと言う感情。
守りたいと男に思わせる力と、いい女だと瞬時に心を奪う力も持ってると思う。実際に俺が、そうだ。

今更痺れが襲う腕を擦りながら、ここでやっと身体を起こし切った俺を見上げて何かを言いたそうな目をしっかり視線を合わす。


「これも何かの縁だ…。俺はそう思うぜ…?なまえ、」


そう言うと、自然と零れる笑顔。
一目惚れなんて信じては来なかったが、この出会いはいつまでもふらふらとしている俺への運命の巡り合わせか何かだろう。そうとまで思い始める俺の寝起きの頭は、昨夜の記憶も無いままなまえへと芽生えた感情に染まりつつあった。

男なんてなぁ、
いつだって単純で、豪快で、それでいて…繊細なんだ。
だから馬鹿なんだろうなぁ。

す、となまえの頬へ伸ばした手がその白い肌に触れようとしたその時。
なまえの口が開き、俺は浸っていた夢から現実へと引き戻される事となる。


「あの、左之さん…忘れているみたいなので、改めて謝らせて貰います、」
「…は?」

ぴたりと止まった腕が微かな風を感じて、何だ?と思った時には既になまえが顔を真っ赤にして頭を下げていた。

「ごめんなさいっ!!!昨夜はご迷惑をお掛けしましたっ!!!」
「は、はあ!?」
「わたし、あんなにお酒飲んだの初めてでしてっ!!!永倉さんビール瓶で殴ったり、原田さんの携帯奪って歳兄さんに悪戯メール送ったり、あっ、あとお二人に送って頂く途中で永倉さんを側溝に落としてその場に放置したり…し、仕舞いには盛大に、その、」

「……………、」

涙目で謝罪をするその高く可愛らしい声は段々小さくなり俺の耳に届く。
ちょっと待て。待ってくれ。
新八を殴り側溝に落とし放置してきた?あと聞き違いだと有り難いんだが、土方さんに…悪戯メールを…。待て。

「ちょ、ちょっと待て!そもそも俺と新八と会ったのは」
「あ、ちょっと仕事で嫌な事があってふらっと一人で入ったお店に、お二人が居て…その、一緒に飲もうと言ってくださったので、」
「………お、思い出してきた、」

そう、説明をされると酒で飛んじまった記憶っつーのは簡単に戻ってくるもんだ。

今も言葉一つで安易に想像が付き、それが現実に起こった時の映像が一気に流れ込んでくる。そうだ、新八が遊びに来てやがって…たまたま見つけた店で飲んでたら、女が一人で飲んでて「いい女がしけた面してんなぁ…」なんて、身振り手振り話す新八の話なんてそっちのけで見てたんだ。
そしたら、その顔に心当たりがあって…どこか懐かしい様な。そんな。

「そうだ…っ、そこで気付いたんだ…っ、思い出したっ」
「あ、思い出してくれました?」
「ああ、思い出した。んで新八に聞いたらあいつが土方さんの妹だっつーから、やっぱりそうかと声掛けたんだ」
「わあい、」
「そっから、お前が暴れて飲み潰れて帰りも泥酔状態で手に追えねえって俺が、」

家が、近いからと…。

「そうだ、その時お前が…吐、」
「えへ」



その日、何もかも思い出し飛び起きた俺が、悲惨な姿で捏ねてある昨日着ていた服達を見つけ真新しいドラム型洗濯機を昼間から動かす羽目になったのと、慌てて見た俺の携帯の着信履歴一杯に土方さんの名前が並んでいて、更に真っ青になったのと。

「なまえ、」
「はい?」
「服…俺の貸してやるからよ、取り合えず遅い朝飯でも食うとするか」
「はい!」

「お詫びに何でもいう事聞きます」と言ったなまえに俺の部屋の家具選びに半日付き合わせ、いつの間にか余計な物まで買わされ、部屋が俺の趣味じゃない物で賑わい笑ったこの日

俺達は確かに新しい何かを始めていた。


「ちゃんと土方さんの誤解解いてくれよな。実際にあのまま服脱ぎ散らかして二人とも寝ちまったんだから…」
「はい、歳兄さんは話せば解ってくれる人ですよ、」
「でも、あれはねぇよ、俺が殺される…」
「え?じゃああの嘘を本当にしちゃえばいいんですよ、そうすれば何も言われません」
「お前なぁ…」



“土方さん。俺にあんたの妹をくれ”




こんなハジマリどうでしょう

(わたし、ここから少し歩いたところにあるアパートで一人暮らししてるんですよ)
(そうか。だったらいつでも…、)
(はい?)
(いつでも会えるな。なまえ)
(…はい!)



あとがき→


前頁 次頁

bkm

戻る

戻る