「今日は…何かな」
「ブローディア…と言うらしい。これも見舞いには不向きだと言われてしまったが…その、き、綺麗だったのでな。あんたが喜ぶと思ったのだ」
「本当だ、薄い紫のグラデが凄く綺麗…」

いつの間にか七月も終りを向え、八月へと時は移っていった。
これまで俺が送った花はもう両手では足りぬくらいの数になっていた。
ブローディア、満開になったネジバナ、アガパンサス、サギソウ等、種類は毎日違うものを贈った。店頭に無い場合は写真を撮った。朝顔や向日葵等の大きくて明らかに病室に不向きなものは花屋でも写真を撮らせて貰いなまえに見せた。

そしてこの頃になると、連日通ったお陰か病室には白色より様々な花の色が目立つようになっていた。それと換気をしても消えない香り。一番初めに贈った花から順に枯れて消えていくが、新しい花を迎え入れそれは尽きる事が無い。換気をするかと窓を開けるのが、花を飾ってから俺がまずする事だ。「いいのに…」と笑うなまえは、最近どこか元気が無い。

偶に忘れそうになる。
この場所に居ると言う事は、やはりそう言う事なのだろう。
俺は未だに何も聞いては居ないが、毎日ふとした時にどこか苦しそうに顔を歪めているのを知っていた。俺があからさまに振り向くと、ぱっと笑顔を作りいつも通り笑う彼女だったが、その笑みに最初の頃の力強さは無い。

知りたい。あんたの事を。
もっと。

「なまえ…あんたはいつまでここに居るのだ?」
「……んー、いつまでだろうー」
「またそうやって誤魔化すのだな」
「えへへ、でもそろそろ止めなきゃねぇ。斎藤くん破産しちゃう」
「気にしなくていい」

止めてしまえば、また独りになるだろう。
何故俺以外の見舞い人が居らぬのだ、両親はどうした。これは何度も問うか迷った。しかし言えず、飲み込み、ここまで来た。途中何度も看護婦に聞こうかと、ナースステーションの前で足を止めた。しかし簡易椅子を貸してくれた看護婦に「斎藤くん、あの子のお見舞い、出来る限りでいいから来てあげてね」等…あんな表情で言われてしまったら、口を噤み頷く事しか術が無かったのだ。

きっと、彼女は…。

「明日はケイトウやキキョウがあればそれにしようと思う。室内故にトルコギギョウやハイビスカスもいいだろうか…」
「ふふ…」
「なんだ…」
「斎藤くん、花なんて興味無い…って言ってたのに、いつの間にかお花マスターになってるね」
「なんだ、それは…、」
「もしかして、花言葉とかも知ってる…?」
「っ、知らんっ!」

いつからか身体を起こす事もしなくなった彼女の隣りに座り話しをしていると、必然と花の話になっている事が多くなった。
それもその筈だ。俺は最近特に詳しくなったと己でも思う。毎晩明日は何にしようか、とパソコンと向き合っている。しかし、それを知られたくないと意地を張り視線を逸らすと、そんな俺を見て少し困った様に眉を下げたなまえ。小さな声で「………だよね」と笑った声が、病室に落ちた。

「わたしは知ってるよ、花言葉…」
「…………、そう、か」
「ありがとう。斎藤くん」
「何故、礼を言われ無ければならんのか俺には…わからん」
「それが正解。その方がいいよ。お互いに」

調べていく内に分かった事は、花には沢山の花言葉が存在する。
それは温かい物から冷たい物まで多種多様。花がある分それと同じ数の言葉があり、気持ちがある。
見舞いの花等のマナーは調べもせず、無意識にそれらを検索している時の自分は一体どういう表情をしているだろう。調べた花を店先で見つけると自然と笑みが零れてしまう。無いと、慌ててメモを開き別の花を探す。最近では花屋の店員に顔を覚えられてしまい「この間探していたお花仕入れて置きましたよ」等と、お節介を焼かれる程になった。


「………もし、その花言葉を俺が知っていてあんたに花を届けて居るとしたら、」
「……うん」
「あんたはどうするのだ…?」


小さな沈黙を破るようにそう問いかけてみる。
まだ話す様になって一月やそこらだ。毎日顔を合わせていると言っても、こんな事は迷惑なのだ。彼女は純粋に花を愛でて居たいのだ。この場所で、最後の最後まで。


「嬉しい」
「………」
「でも、悲しい…かな、」
「……ああ、だが」


俺は。



「俺は花を届けるのを止めぬ。あんたがもう要らぬと言ってもだ」



まだ共に生きたい。



「じゃあ、今度はわたしからも花を贈るね」
「どんな花か楽しみだ。待ちきれぬ故、今聞いてもいいだろうか」
「うん。」

遠くに聞こえる蝉の声と、外に広がる入道雲と、白い病室に咲き乱れる色とりどりの花に囲まれて一つの恋が始まるのか。
それが一体どんな結末を迎えるのか等、知らないままで居よう。それでも俺は毎日あの道を歩きここに来るのだろう。なまえへの言葉を持って。


「夏だから、黄色のカンナなんてどうでしょう…」
「ああ、その花言葉は知らぬ故…帰ったらさっそく調べよう」
「うん、また明日。斎藤くん」






「永続」


(その夜、パソコンでその花言葉を知った時、何故か涙が止まらなかった)






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