「はじめ君、結婚してからずっと悩んでたでしょう?」
「…、」
「知ってるよーそのくらい。わたしだって悩むんだからはじめ君はもっとだよね…」
「…だ、だが!言っておくが後悔など微塵もしてはいない!」
「うん。それも、知ってる」

目を閉じたなまえの顔は、いつの間にか母親の顔になっていて思わず言葉が詰まる。
彼女は全て見通しだったと言う事か。俺が父親になった時から抱えていた戸惑いや不安。全て受け止め今日まで笑っていたのかと。

「だから、わたし嬉しいよ?はじめ君と一緒にあの子と居れるの」
「…何でもする、オムツだって替える。風呂にも入れよう。愚図ったら…その、俺があやす…」
「いないいないばぁ出来るの?」
「……やる、」

俯き小声で話す俺に「わあい!じゃあデジカメ新調しなきゃ!」なんて突拍子も無い言葉を投げるなまえが愛しい。
全て分かって受け入れて貰えるこの温かさが愛しいのだ。

その時、リビングの方からか細い泣き声が聞こえてくる。

「あら、起きちゃった!」
「なまえ、俺が、」
「え…でも、」

急いで椅子を引くとそのままなまえを追い越しすぐさま息子の所へと飛んでいく。
実際何だかんだと理屈を並べたが、俺は、

「家族は、支え合うものなのだな、」
「…はじめ君、」

ふにゃりと瞼を震わして泣いている息子を抱き上げると、ガラスに触れるかの様に繊細な手つきで胸に抱いた。

ああ、家族とは……こんなにも温かい。


「揺らせば大人しくなるのだろう?」
「うーん、」
「?」

ぎこちないながらも、今朝やった要領であやしていると何だか苦笑いのなまえ。
それに加えて大きくなって来た泣き声に慌てていると、するりと息子を俺から掬い上げるなまえ。俺は取り合えず従いつつも、俺とは違い慣れたその手付きに、時間の差と言うものを感じてしまった。

これは、今日から猛特訓だな。
あれこれ教わり、対処出来ぬ事を無くさなければ一人前の「育メン」とやらにはなれぬ。
独り静かに闘志を燃やしていると、「はじめ君」とまるで息子に語りかける様な優しい声で俺の名を呼んだ。

「はじめ君は、はじめ君のペースでいいからね」
「…ああ、だが俺も負けてはいられない」
「え!?勝ち負け!?勝ち負けなのっ!?はじめ君!とんだパパだよ!」
「ち、違う!誤解だ!」

その感もふにゃふにゃ言っている息子を抱え、何かクッションやガーゼ等準備をしているなまえ。ここでも結局右も左も分からず俺は正座で待機。


「実ははじめ君、大切な息子がわたしに独り占めされちゃうんじゃ無いかって不安なんでしょう?」


くすくす笑いながらそう言われ、俺は思わず「は、」と首を傾げてしまった。

何を、言っている。

俺は、


「違う。それもあるが、何より…あんたを、」


いつか息子が大きくなった時に、


「あんたの事も、その…取られたくは、無い…っ、」
「…え?」


妻の自慢をする自分を笑われない為に、今ここに居るのだ。

勿論、支え合いもあるが。
息子に「愛する者を精一杯愛せ」と伝える為に。


「それ故、俺は息子にも妬くだろうな。しかし、その行為を笑われない為にも俺は出来る事は何でもやろうと思う」
「はじめ君…」

大きく見開かれた瞳に滲む涙を唇で掬って、それを見上げる息子の頭を撫でここで俺は覚悟をするのだ。

この二つを最後まで守り抜こうと。


「複雑なのだ。息子だろうと、あんたはやらん」


結局、俺はなまえに認めて貰いたいだけだったのかも知れない。まるで腹を好かせミルクをせがむ子供の様に、言葉にできない分身体や行動で内を訴える。

苦笑いの俺を見て、真っ赤な目を細め息子を抱き締めなまえは笑った。


「頑張れっ、」





「新米育メンパパ!」


(では、まず手始めに…今は何故愚図っているのか教えて欲しい)
(あ、これは…、やっぱりこれはわたしにしか出来ないなぁ)
(何だ、)

(はじめ君、おっぱい出ないでしょう?)
(……っ!!??)





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bkm

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