「わ…っ!すごい、客室露天風呂だ!!!!」
「…怒らぬのか」
「え?なんで怒るんですか!?え、やだすごい!わたし初めて見ましたっ!景色も絶景ーっ!山ーっ!あー斎藤さんあっちの山なんてまだ雪被ってますよぉお!」
「……そう、だな」

まさかの豪華オプションだ。
そのまま浴衣を放り投げて走り出したわたしは、襖の先にあるガラス張りの扉を開け放ちかけ流しになっている小さな露天風呂に大興奮していた。すごーい!先程旅館の前からでは周りの建物で隠れていた自然をわたしが独り占めしている様な気すらしてくる。この露天に浸かってお酒なんか飲んじゃって(※お風呂に入りながらの飲酒は危険です)、更に夜になったら眼下に広がる柔らかい灯りを眺めて優雅に…なんて!やばい風間さんなんて目じゃない位のリッチさ!
取り合えずボタボタと涎が垂れそうなのを我慢して飲み干し、満面の笑顔で斎藤さんを振り返る。

しかし、未だ部屋の中に佇んでいる斎藤さんは俯いていて。どうしたんだろう、と身体を起こして良く見るとその顔は真っ赤になっている。

そこでハタと気付く。


「…あ、な、なるほど」
「……ああ、その、どうする」
「どどどどどうするって言うか、あ、わたし」
「取り合えず…あんたが先に入れ。俺は大浴場の方に、」
「うぇっ、」

そうだ。完璧に忘れていた。これは家族や友達と来た旅行じゃない。そりゃ女同士だったり家族とだったら恥ずかしげも無くここにだって入れちゃう。でも相手は斎藤さん。付き合っていると言ったってお風呂に一緒に入るのは未知の世界であって…。そりゃ、身体を見せるのは初めてじゃないし、恋人なんだから普通じゃんとか言われそうだけど。お風呂は恥ずかしい…。きっと斎藤さんもわたしが嫌がると思って、今日まで言えなかったんだろうなぁ。気を、使わせてしまったみたいだ。

大浴場に行くと言って続き部屋へと歩いて行ってしまった気まずそうな背中を追いかけて、そのまま体当たりかと言う位に突進して抱きつく。「う、」と若干苦しそうな斎藤さんの声を頭上に受けたわたしは、そんな彼の背中に顔を埋めたまま小さな声で呟く。

顔は、負けじと真っ赤だ。


「斎藤さんと、入る」
「いや、しかし…無理を言うつもりは」
「は、入りたいんですっ!折角お部屋に付いてるんですよっ!わたし達もう恋人でしょ!」
「っ、…OLさん」
「斎藤さんと初めての温泉旅行、ですから」
「…………」

うーん…と何だか困った顔の斎藤さんを見上げると、やっぱり耳まで真っ赤で。なんでこの年になって恋愛でこんなにもドキドキしてるんだろうなんて冷静に考えている一方で、わたしの顔はニヤけ顔で。
ああ、この人の恋人になれて嬉しいなぁなんてやっぱり再確認してしまった。仕事をしている時や、普段部屋に居る時、それとはまた違った表情に出会えたのは温泉旅行効果だろうか。
クスクスと笑っているわたしの腕をゆっくり解いてこちらへ向き直した斎藤さんは「何が可笑しいのだ、」と若干弱めに凄んだ後、優しく抱き留めてくれた。

「夕食までは、まだ時間がある…。俺は温泉に浸かり運転で疲れた身体を解す」
「ぷ、何だか説明的ですね!」
「仕方ないだろう。………OLさん、」
「はい、」
「あんたはどうする。一緒に入るか?」

そしていつも愛を囁く時と同じ様に、少し落としたトーンでわたしの耳を掠めた唇は「明るい場所は初めてだな」なんて、ちょっと嬉しそうにナチュラルなセクハラ発言をしてくれた。
返事をする前にわたしの服のボタンに掛かる手を見下ろしながらわたしも笑うと、目の前にあるの斎藤さんの赤みが掛かった耳に唇を落としてこう言った。


「大浴場にも入りたいので、ここでは手加減してくださいね」


「ああ」とゆっくり動いた唇を首筋に感じながらわたしの頭の中にはある方程式が浮かんできたが、隣りの部屋から立ち上る露天風呂の零れ湯気によって、それはどこか遠くへと飛んでいった。


「…では酒でも飲んでゆっくりと、」
「はい」





露天風呂+斎藤さん+お酒=桃源郷

(うわああああ!何此れおいしいぃいいい!!!!)
(既に瓶を二本開けているが、あんたはここに来てもそれか)
(え!?いやあ、最初は恥ずかしかったんですけどお酒入ったらもうただただ気持ち居ですっ!ビール美味しいっ!温泉美味しいっ!)
(俺はもうのぼせそうだ…、)




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