会社以外では相変わらずで、終わったら電話が来るし…メールを送ったらちゃんとお返事はくれるし、彼は遅くまで仕事をしているのにも関わらず遅くまでメールに付き合ってくれる。「逢えなくてごめんな」って何度も言って、逢えない時間を埋めようと必死になってくれているのが痛い程分かるんだ。
きっと疲れているし、眠いだろうな…。なのに、わたしは左之さん不足だって言うと「だったらなまえが眠くなるまでこうして電話繋いでおいてやるよ」なんて優しい声で笑うんだ。

わかってる。
駅に降りてからずっと電話してくれる左之さんは、わたしとの電話が終わってからお風呂に入って眠るんだよね。そしてわたしより早く起きて会社に行くんだ。でもおはようメールはいつも、わたしが電車に乗り込む辺りに送ってくれる。そんなさり気無い優しさが溢れている。

そんな貴方に、触れたいんです。
そんな優しい左之さんに触れて貰いたいんです。

涙が出そうになるのをグッと堪えると、残りの仕事をこなそうと身体を上げた。


「みょうじさん、ちょっと七階にある資料室に書類取りに行ってくれない?」
「あ、はい」

そうどれだけ気力が無くても会社に着たからには仕事をしなくちゃわたし達は生きていけない。上司に言われた仕事をこなす為に重い腰を上げるとふらりとオフィスを後にした。
七階だから…エレベータか。うう、取り合えず考えない様にして左之さんから来る電話を今日も大人しく待っていよう。


ポーン

そして仕事中の社員が行き交う廊下を抜け、いくつも設置されているエレベータに向ったわたし。軽快な音と共にエレベータが開いたと同時。引き攣った様に喉がひゅっと鳴った。

「…お疲れ様」
「おお、みょうじ。お疲れさん」

「お、お疲れ様です、っ!」

エレベータの中に居たのは、左之さんと彼と同じ部署の社員さん。確か…斎藤さんと言ったか。
スーツをぴっちり着込んだ斎藤さんに、いつもの様に少しだけ着崩している左之さんとのツーショットが何だか可笑しかった。二人は書類を手に何やら話していたが、扉が開いたと同時に顔を上げわたしに挨拶をしてくれた。

って言うか、左之さんだ!左之さんだ!!!!わああ、ラッキー!

そうは思っても顔には出せないから取り合えず会釈と小さな声で返した挨拶。今この瞬間、左之さんがわたしの声を聞いてくれた事にすら小さな感動を覚えてしまったらしいわたしの身体は、小刻みに震えていた。

「しかし、この案で通すとなると予算の問題で弾かれかねないだろう」
「あーまぁなァ…でもそこはどうにかするだろ、曲りなりにも合同プロジェクトだぞ…予算ケチって通すってんならそれなりのリスクも承知の上だろ」
「左之の言う事も一理あるが、やはり…」

「…………、」

扉の前に立ってボタンを押したまま佇むわたしの耳は、後ろで何だか難しい話をしている左之さんの声に集中していた。残念ながら他に人が居るから気軽に話し掛けれないし、お仕事の邪魔をするのは目に見えているから我慢だ。
手持ち無沙汰なわたしはただエレベータ特有の浮遊感に身を預けながらも、近くで聞けている大好きな人の声に心地よさを感じて微笑んでいた。

背中を向けているから、左之さんは気付いてないよね。わたしこんな小さな事でも喜べる様になっちゃったよ。
ううん、本当はずっと前からそうだった。声を少し聞けただけで嬉しいし、触れられた時なんか爆発しちゃいそうになるし。
でもいつの間にか、欲張って色々な貴方を知って…こんな気持ち忘れていたんだね。

ポーン。
そしてエレベータは彼等が居るオフィスに着き、到着を告げる機械音がこの不自然な逢瀬の終りを告げる。無常にも彼を連れて行くエレベータの扉。
二人が降りるのを知っているから、す、と身体を避けると「すまない」なんて斎藤さんが隣りをすり抜けていくのが視界の隅に見えた。

あれ、なんだろう。
泣きそう。


「………、」
「左之?」

そして左之さんが降り様とわたしと並んだ時、いつも彼が履いている革靴が二足ピタリと並んだのがぼんやりと映った。

斎藤さんがエレベータホールから左之さんを呼ぶ。

でもこんな涙溜めた顔は見せられないから顔が上げられなくて、拳を握って雫が落ちない様に必死だったわたし。肩も震わせたらいけない。だって、これ以上左之さんに迷惑掛けられない。

寂しいなんて…。


「わりぃ、斎藤。先に行っててくれ」
「はあ、」


触れたいなんて…。

なのに、隣りから伸びてきた腕はわたしの前にある階数ボタンに伸びて「閉まる」ボタンを押した。

「原田さ、っ」
「なまえ」


そして再び密室になったエレベータの中。
居るのはわたしと左之さんで…。

「ん、」
「っ、」

いつの間にかわたしの背は、エレベータの壁に押し付けられて背の高い左之さんに覆われる様に唇を奪われていた。
フレンチなんて可愛いキスじゃなくて、始めから噛み付く様な大人の口付け。わたしの唇を割った舌が口内に侵入してきたのと同時に、ずっと堪えていた涙が零れて左之さんの長い前髪を濡らした。

こんな激しいのは初めてかもしれない。
いつもは、もっと余裕があるみたいな…ゆっくりと昇っていくキスをするから。

「…、は、ぁ、…っ左之さ、っんん!」
「動くな…、っ、監視カメラに映らねぇ様にしてんだ、…っ、」
「ん、っ」

すっぽりと頭から抱き締められ喘いでいるわたしは、ここが会社だとかエレベータの中だとか、今が仕事中だとかそんなの全部飛んでしまっていたと思う。
ぎゅう、と握り締めた左之さんのスーツがしわくちゃになっても、その手を離す事無くその降って来る唇を受け止めていた。

わたしの髪を掻き上げる様に頬から手を添えられてされる口付けは、呼吸をする事も許してくれない。ただ、本能のままに求められている気がして喜びに震えた。

「は、」
「…はぁ、」

つ、と一筋弧を描き離された唇。
いつの間にか涙は止まっていて、再び動き出していたらしいエレベータの機械音だけが響く箱の中で、わたしと左之さんは久し振りに痛い位に抱き締めあっていた。

「そんな顔して…、俺だってなぁ、ずっとこうしてお前に触れたかったんだぜ、」
「本当に…?」
「ああ、毎日電話しても…メールしても…これっぽっちも足りねぇよ」
「うう、っ、わたしも、っ!」

くしゃくしゃと髪の毛を乱されて「わああ!」なんて変な声を上げてしまったけれど、見上げた顔がとても嬉しそうに崩れていたから、同じ様にわたしも声を上げて笑ってしまった。

その時再びポーンと音が鳴って今度はわたしが降りる階に着く。
でも、わたし達はもう一度だけ背伸びをし、背を曲げて唇をくっ付け合った。

「なまえ。今日は俺残業しねぇで真っ直ぐ帰るから…。家来いよ」
「勿論、行きます」


いつもは人が居て触れたいのを我慢していたエレベータだったのに、まさかの奇跡が起こった。盲点だったか。


「じゃあ原田さん、メール待ってます。午後も頑張ってくださいね」
「ああ、みょうじも頑張れよ、」


どうやら、わたし達は場所を奪われたと同時にその愛の深さを知れたと言う訳ですね。

左之さんも頑張っている。
これだけで、乗り越えられるなんて思ってしまうわたしって…もしかして、単純?

閉まるボタンを押し、扉が閉じようとした時左之さんが小さな声で「ご馳走さん」と笑った。






behind closed doors

(いつ改装工事終わるのかな…?)
(さぁなァ…、でもまぁ俺はこう言うのも悪くねぇな)
(壁が在れば在る程燃え上がるってやつ?左之さんの意外な一面見れたからいっか)
(以外か?結構俺にしてはマメだと思うんだがなァ…)





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