「おいやべぇぞっ!今から探しに行こうぜっ!!」

がたがたと煩い足音と聞きなれた怒鳴り声に瞼を起こすと、いつの間にか辺りは真っ暗で、僕は昼前から今まで一度も起きる事無く寝ていたのだと気付く。
むくりと身体を起こして目を擦ると、障子を締め切った部屋の中がぼんやりと見えた。その間中どたどたと煩い足音を不快に思いつつもなんだろうと腰を上げる。畳でそのまま寝ていたから身体の色々なところから骨が鳴る音が聞こえた。


「どうしたんですか?皆揃って」
「総司っ!てめぇいつまで寝てやがんだ!」
「煩いですよ土方さん、僕がいつ寝てようと関係ないじゃないですか。今日は非番なんだから、」
「…そうじゃねぇっ!…っ、総司良く聞け」
「は、」

明りが灯った広間に行くと、何だか幹部全員勢揃いでその顔色は怒ったみたいに歪んでいて、瞬時に何かあったのだと分かった。でも、飛んできた土方さん怒声が一瞬で悲痛な物に変わり僕の胸をざわつかせる。そうだ、あの時。屯所の裏で松本先生と会った時みたいな痛い胸騒ぎだ。

「…なまえの行方がわからねぇ、お前が最後に会ったのはいつだ」
「…は、?」
「今の所最後に姿を見たのは平助だ。昼前に独りで屯所の門を潜って外に出て行く背中を見ている。言え、お前一日屯所に居やがったんだろうがっ!」

一瞬息の吐き方を忘れた。

だってもう空を見れば安易に遅い時間だって分かる。
「そんなのありなの?」ってまず思った。僕が触れられないから独りにさせて…。独りにしたらしたで、こんなにもあっけ無くその姿が遠退いていくなんて…。

「僕が話したのは、屯所を出る前…平助くんの前ですよ、」
「くそ、っ!」
「土方さん、俺達も探しに…」


そう言い掛け立ち上がったはじめ君の隣りを僕の脚が駆け抜けた。

そのまま縁側を飛び降り走り出すと、後ろから沢山僕の名前を呼ぶ皆の声が聞こえた。

準備って何?
手離すって何?
死んじゃうって僕が?

前に見た本に載ってた。死ぬってのは空にある太陽や金平糖みたいなあの星粒よりずっとずっと遠くに行くって事。そして大好きな人には二度と逢えないって事。
その時僕はまだ何も知らなくて「馬鹿みたい、」なんて笑っていた。死んじゃったらそこで御終いで…その先なんて無くて、二度と逢えない人を想うくらいなら、突き放して手離してあげた方が賢いんだって。

なのに、なんで今僕は走ってるんだろう。


裸足でさ。


「なまえっっ!!!!!」
「そ、総司さんっ!?…え、なん、で」

息が切れて苦しくて、でもまだ足は動いて止まらなかった。月明かりがまだ地面にある余熱を温めていて、不思議と裸足なのに痛くは無かった。どれだけ走っただろう、気が付いたらいつも一緒に来ていた河原に立っていた。
そして川辺に座り込む小さな背中を見つけたと同時に、ぼたぼたと僕の額から汗が地面に落ちたんだ。

「…っの、馬鹿!!何でこんな、時間まで帰って来ないのさ!!」
「っ、ご、ごめんなさい、」
「屯所は大混乱だ!君、っ、自分のした事分かって…る?」
「落し物、しちゃ…っ、て、総司さん、ごめんなさ、」

ごほごほと咳き込む僕を見て、泣きそうになっているなまえちゃんを何とか片手で掴まえる。着物の端を掴み、肩で息をする僕は情けないと思いつつも顔を上げられなかった。

「落とし、もの…?」
「うん、総司さんに…縁日でお土産、金平糖買ったんだけど、わたし落としちゃって…今までずっと探して、っ、」

ついに大きな目から涙が零れて、頬に伝ったそれにお月様が反射して映る。
それを見た途端、身体からすっと力が抜けたみたいになってその場にへたり込んでしまった。慌てて僕の身体を支えたなまえちゃんだったけど、わんわんと泣き続けるその顔は昼前に見た時よりも焼けていて、一段と真っ赤になっていた。今日は日差しも強かったから、きっと暑かっただろうに。

「あっはは、はぁ…っ、こんなに全力で走ったのって久し振り…しかも寝起きだからすっごい、全身心臓になったみたい、」
「本当にごめんなさい、それに金平糖見付からなくて、」
「いいよ、それはまた今度買えばいいでしょ?ありがとう、」
「最近、総司さん元気が無かったから…わたし」

驚いた。
笑っていたけど、僕の変化に気付けていたなんて。多分…僕の身体の事を知っているのは土方さんと近藤さんはどうだろ…、あとはじめ君辺りかぁ。あの人達はそう言うのに敏感だから仕方ないとしても、君はそう言うの一番気付かなさそうなのにね。

まだ涙を流して謝るなまえちゃんの頭をゆっくりと撫でると、そこでやっと呼吸が落ち着いてきた。普通に喋れる。まだ僕の心臓は動いてる。

「いいから帰ろう。皆待ってるよ」
「はい…」
「大丈夫。僕は最期まで君を手放す気、無いから…」
「え…、」

よっこらしょと腰を上げると、草むらにつけていた僕の足を見て更に泣き出してしまったなまえちゃん。まあそうだろうね。裸足で外に出るなんて僕じゃ絶対にありえないから。

「ねぇ、なまえちゃん」
「はい、」
「次…僕の非番の日は開けておいてね」
「え、はい」

遠くからみんなの声がする。
あの人達はやっぱりじっとして居られなかったみたいだね。


「いっぱい話をしようか。今までの事と、これからの事…太陽が昇ってから、沈むまで一緒に居たい」



もう色々考えるのは止めよう。新八さんの言う通り。僕はまだこの子を泣かせちゃいけない。泣かせるのは僕があの月の裏側に逝く時にしよう。

それまでに、やりたい事は全部やって笑って「ありがとう」と「すきだよ」を言える様に。

太陽をまた好きになって。
泥だらけになって遊んで。

「おーい!総司ーっ!なまえ居たかーっ!」
「てめっ!履物忘れてんじゃねぇよっ!」
「総司!あんたは少し人の話を聞くと言う事を覚えろ!」
「お、ありゃなまえか?よかった見付かったか」
「ったく、面倒掛けさせやがってよぉ…」


そして何より大切ななまえちゃんと、この裸足の足が地から離れるその日まで。


「行こう、走れる?」
「はい!」




駆け抜ける

(と、その前に)
(っん、そ、総司さ、)
(帰ったら一緒に土方さんのお説教聞こうね)
(一緒に……、はいっ!!)




前頁 次頁

bkm

戻る

戻る