ああ、やだな。別にカラオケやゲームセンターでも僕は良かったんだ。
この静寂を守るシステムじゃなかったらそれこそ何処でも。あんな漫画に夢中じゃお喋り所か、目だって合わないじゃない。

何だか自分でもどんどん不機嫌になってきているのが分かる。狭い通路は左を向いても右を向いても本ばっかで、勿論人の話す声なんて聞こえてこないし、たまに擦れ違う人に見られても、僕はぼーっと何も無い床を睨んで立っていた。
つくづくこういう場所は向いていないんだと思っても、思うだけ。
ここで「つまんないから帰る」なんて言ったらそれこそ空気を悪くするでしょ?別にあの二人に思われたところでどうってこと無いし、分かってくれてると思うんだけど。
なまえちゃんにそう思われるのはやだ。絶対に嫌なんだ。

「総司?」

あー、もう。
いっそ平助くん嗾けてはじめ君と言い合いにでもなったらお店の人が二人だけ摘み出してくれないかな。

「おーい、総司くーん」

駄目だ。絶対に僕達も追い出される。

「ねえ、総司ったら」
「何?僕今、」
「あ、ごめん…、いや、本棚見ないで床見てたからどうしたのかなーって…」

全然気付かなかったのは、きっといつもより押さえた声の所為だ。
睨むように顔を上げた僕の視界に飛び込んできたのは、読み終わったのか数冊の漫画本を抱えたなまえちゃんだった。

慌てて表情を戻すも、目の前の瞳には困惑したような色が滲んでいる。
しまった。

「総司…体調悪い?」
「そういう訳じゃないよ」
「…じゃあ、どうしてそんな焦った顔してるの?」
「………わからないんだ」
「…うーん、」

僕の目の前で首を傾げて心配そうに見上げてくるなまえちゃんに、何だか少しだけイラっとした。
教室を追い出した土方先生にもむかついたし、ここに入ろうって言った平助くんにもむかついた、まんまとハマっちゃってるはじめ君も、僕がこんないっぱい考えてるのに、それに気付かないなまえちゃんにも…

…違う。

「そうじゃない…僕は、」
「総司…?」
「ねえ、なまえちゃん、」
「え?わわ、」

通路に誰も居ない事を確認…なんてしてないけど身体が動いちゃって、いつの間にか僕は慌てるなまえちゃんを自分の腕に閉じ込めてた。
いつもは微かに感じているだけのいい匂いが急激に僕の肺に取り込まれて、何だか呼吸が苦しい。
恋するってこういう事なのかな。前はあんなに馬鹿にしてた恋愛って物に、僕がこんなにもハマるなんて可笑しな話だよね。

でも、漫画を読むよりこうしてた方がずっと楽しいじゃない。

バラバラと床に落ちた漫画が僕のスニーカーにぶつかって沈黙した。再び辺りに戻るのは静かな空間。

「総司…?」
「うん、」
「あ、もしかして…」
「うん、」
「総司、漫喫…」

うん。好きじゃない。
君と居るのに、こんな静かな空間で黙って本を読むのなんて勿体無いでしょ。
でもそんな事を考えているなんて自分からは言えないから、気付いて貰えると助か……、

「寝転がれないのが嫌だとか?」

「は?」
「いいじゃん、平助もだらーっとしてるよ?総司もキャラとか気にせずにダラけちゃえばいいのに」
「…そうじゃなくて、」

突然突拍子も無い事を言い出したなまえちゃんは、僕に抱き締められてるとかそう言う事を微塵も考えてなさそうな顔でそんな事を言い出した。
僕は僕で、こうしてしまった手前どんな顔をして今までの空気を取り戻せばいいのか分からなくなっちゃって押し黙る。
その間にも、なまえちゃんはニコニコと笑って、自分が今まで読んでいたアカギを押し付けてくる。「凄く面白いよ」って。

なんか、段々と今まで色々と考えていた自分が恥ずかしくなってきた。

「ぷ、あっははは…君ってホント、」
「平助やはじめ君とは漫画の趣味合わなさそうだけど、総司とは合いそう!」
「そう。じゃあ、読んでみようかな」
「うん!読み終わったら語ろうよっ!明日にでも!あ、帰ってからメールでも電話でもいいよ」
「ホント?」
「うん!あ、でもネタバレはしないからね!わたしのが先に読み進めちゃってるけど、絶対にネタバレはしないから!」

さっきから百面相ななまえちゃんは、そう言ってやっぱりニコニコ笑ってる。その位置はいつも僕の役目だったのになぁ。ゆっくりと身体を解いてあげると、差し出された漫画を受け取る。

「じゃあ、今日は放課後話せなかった分夜に電話でもしていい?」
「いいよ!いいよ!」
「僕ハマると熱いよ?寝れなくても勿論文句言わないよね」
「な、わたしだって負けないもん、」
「あとさ、ひとつだけ」

しょうがない。今日はこの子の笑顔に免じて大人しくしていよう。

「やっぱりダラけたいから、膝枕してよ」
「え!?」
「いいでしょ」

そして、夜にいっぱい話をしようじゃない。
はじめ君も、平助くんも誰も居ない二人だけの空間で。その勢いで告白でもしてみようかなぁ。君はどんな顔をするのか想像も付かないや。

「行こう、なまえちゃん。漫画重いでしょ?持ってあげる」
「う、うん…っ」


その後、ちゃんと膝枕して貰って平助くんとはじめ君がぎゃーぎゃー言ってたけど店員さんに怒られてて。それを横目で見ながら僕はなまえちゃんの膝を堪能して。
見上げた漫画越しに見たなまえちゃんの顔が真っ赤だったから、店を出る頃には僕の機嫌はすっかり直ってた。


「これ、面白いね」
「でしょう?」


平助くんの言うとおりかもね。たまには悪くない。





お喋りしようよ

(でもその場合だと主人公は一盃口のみの上がりで相手を捲くれないよ?漫画的にはそんなんじゃ面白くも何とも無いよね?)
(総司ー…、もう、眠い、よぉー…)
(駄目。ちゃんと付き合ってよ。君が電話してもいいって言ったんだよ?負けないんじゃなかったの?)
(だってもう深夜三時…、明日学校、)





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bkm

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