「さっさと治してさっさと復帰!世話されるのは嬉しいけど、これ以上迷惑掛けて堪るもんですか…っ、ひぃい!痛ぁああいっ!」

思い通りにならない自分の右足と、不甲斐無さに少し爛れた幹部を力任せに拭うと案の定悲鳴の様な声が漏れて部屋に広がった。と、次の瞬間すぱんと開かれた襖。

「みょうじ!どうしたっ!?」

そして襖を開け放った体勢で声を上げる斎藤さんが逆光の中立っていた。

ああ、またやってしまった。と手拭いを掴んだまま口を開けるわたしなんてお構いなしに、足を踏み出し傍らに膝を折った彼は、痛々しい表情をしながらわたしの脚を取った。たくし上げていた着物の合わせ目が崩れていくが、今の彼には少しも見えていないのだろう。真っ直ぐな瞳で患部を見下ろしぐっ、と息を飲んだ。

「さ、斎藤さん…」
「無理をするなと言っただろう…、薬はどうした」
「あ…あのまだ今から、です」
「…酷く、痛むのか?」

窺う様にそう呟いた彼の口は真一文字に結ばれていて、いつもより低音が効いた声が届き触れている部分が熱を帯びる。
「ううん」と首を横に振ると、斎藤さんはそれに返事もせず傍らに置いてあった付薬を綺麗な手で攫いやった。

「あの、薬なら自分で濡れますよ!」
「いい、俺がやる…」
「で、でも…斎藤さんにそんな事させられませんっ!あなたに憧れている隊士の方に斬られますっ!過保護すぎますよっ!」
「あんたは直ぐそう言い俺を気遣い拒んでくれるが、何か勘違いをしている…これは過保護などでは無く…ただ、俺が、」
「え、」

その言葉と同時に、彼の膝に脚を置かれ患部を優しくなでられる。痛みなのか、ふいに触れた彼の指先の熱によるものなのかは定かではないが、思わずぴくりと肩が撥ねる。それが無性に恥ずかしかった。労わるように往復するその手の平にはまだ薬は無いのに、触れられる度に痛みががどこか彼方へと飛んでいってしまう様な不思議な感覚。思わず目を伏せると、大きく平いたままだったわたしの着物の合わせ目を右手で直しながら、小さな声で斎藤さんが「わからぬか…?」と、そう言った。

顔が見られないくらい、自分の瞳は揺れているだろう。
素足を撫でられているから恥ずかしいだとか、傷口に触れているから痛いだとか、そんなものじゃ無い。


「あんたが思っているよりずっと…俺には罪悪感がある。だが、それだけでここまで甲斐甲斐しく他人の身の世話を俺がするなど、そんなわけがないだろう…」

いつの間にか薬が脚に触れ、冷やりとした感覚が身体を駆け上がっていく。反射的に目を開き視界を取り戻すと、そこにはこちらを流し見、薄く笑っている斎藤さんが居た。ここ最近ずっと見てきた痛々しいそれでは無く、どこか熱を孕んだような熱い眼差しを受け止め一気に身体に力が入ったのが自分でも分かった。

「…ここまで言っても、伝わらぬか…?」
「え、えっと…つまり、」
「いや、いい。弱っているところに、付け込む様な真似はそれこそしたくはない…」
「いや、全然弱ってなんてないんですけど…」

するすると満遍なく薬を塗られて丁寧に包帯を巻いていく斎藤さんの手付きはどこかもたくたとぎこちなかったのだが、そのお陰で自ずと分かってしまう。

「もし、火傷を負わせたのがわたし意外の人だったら、斎藤さんはどうしてましたか?」

われながら意地悪な質問だと思った。
けれど、止らないのだ。ここまであれこれ甘やかして置いて、ここまで心を熱くさせて置いて、知らぬ存ぜぬでは済ましたくない。済んで欲しくないのだ。


「……医者へは連れて行った、と、」
「…ふふ、それだけですか?斎藤さんは意外に薄情なんですねぇ」
「あ、いや!違う、もちろん経過も見守る…と思う。だが、その…」
「だが…?」
「…っ、もういいだろう!今からは何をするのだ、言えっ!」
「聞きたかったのですが、」

包帯を綺麗に結び、結び目を隠す様に押し込みながら「あんたは意外と意地が悪いのだな」と、ばつが悪そうな声が聞こえる。さらさらと前髪を落としながら顔を隠す斎藤さんを見てもう一度「ねぇ」と彼の名前を呼べば、もっとそっぽを向かれてしまった。

「薄情と思いたくば思えば良い…。みょうじだから、ここまでしてやりたいと思った…」
「嬉しいです…」
「…満足気だな、」
「ええ」
「ほ、他に用が無いならもういいだろう!何かあったらまた、」

おもむろに腰を上げた斎藤さん。立ち上がるより先に、畳みに垂れたままの先端が汚れた襟巻きを救ったわたしは、顔を赤くしている斎藤さんに「じゃあこれが最後のお願いです」と前付けし、お茶を二つ淹れて欲しいと頼んだ。ここに来て素直に言い付けたわたしに驚き目を丸くした彼に、さらに追い討ちをかける。


「そして、わたしと並んでお茶を飲みながらお話してくださいませんか?そして、言葉で…斎藤さんの声で、たくさんわたしをちやほやと甘やかしてくださいませんか?今までの分もまとめて、全部」

その言葉に、返事なく立ち上がった斎藤さんは背を向けたままこう言った。


「それは、最後などと言わずいつでも頼むといい。いつでも…”ちやほや”してやろう。…直ぐ戻る」


逆光の中でも、彼の顔が一足早い夕日色に染まっているのが見て取れた。







かほごじゃない、ちやほやしたい


(げほッ!苦いっ!斎藤さん!お茶、これ苦いですよ!)
(煩い、良薬口に苦しと言うだろう…)
(何か盛ったんですか!?いや、あのわたしただの火傷なんですけど、口に苦いと関係ないんですけど!)
(いいから飲め)
(もしかして、からかった事怒ってます!?ちやほやしてって言ったのにっ!)
(これを飲み干せばあんたが根を上げるまでちやほやしてやると言っているだろう!)



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