「…あの、斎藤先生、」
「ああ」

彼が鞄に書類の束を詰めている音と、わたしの声が二人しか居ない職員室に広がっていく。声が震えて、指先が冷たくなっていくのを感じながらわたしはゆっくりとあの事を切り出した。

「昨日の、夜の…ことですが、」
「…………ああ、」
「あの、わたし…」
「………ま、」
「わたしっ」
「待て!」


ガタン、バサバサ。
思い切って気持ちを伝えようとした刹那。意外にも大きな手のひらがわたしの方へ突き出され、その腕に触れた鞄が重い音を立て彼の机の上から落ちて書類を辺り一面へ滑らせた。待てといわれ、まるで飼い主に服従する犬の様にぴたりと言葉を止めたわたしは、目の前であの時と同じ表情をした斎藤先生を見た。

「…それは、その、あれの…返事…に、なるのだろうか」
「は、はい…」
「き、吉報か、訃報か…」
「え」
「いや、それを返事と言うのだな、いい、少し、待て。取りあえず学校を出よう」
「……はあ、」

まさか、ここでストップをかけられるとは思わなかったわたしは、言葉を飲み込み呆気に捕られていた。せっせと床に散らばったプリントを掻き集めている斎藤先生はいつもよりずっと余裕が無い様にも見えて。
それを手伝って、職員室に鍵を掛け、警備員さんに鍵を渡すまでわたしと斎藤先生の間には会話なんて無かった。
二人で並んで薄暗い廊下を歩いていると、下見の時より少し歩幅が大きいのと歩く速度が早い彼の背中を必死に追いかける。その歩数に合わせて、何だか心が軽くなってくるのが分かる。

わたしの答えは、もう出てる。
だから、きっと、そこを越えれば…。


教員専用扉から一歩踏み出し、わたしを振り返った彼と、目が合った。




「わたしも…斎藤先生の事、もっと知りたいと思いました」



一度、ゆっくり瞬きをして。
回りっ放しだったわたしの頭が出した素直な答えを、そのままのカタチで伝える。


「…それは、つまり」
「はい」
「その…、俺と、」
「よろしくお願いします、斎藤さん」


未だ扉の内側に居たわたしの身体は、次の瞬間彼の手に寄って外へと引っ張られ、気付いた時には、その腕の中で思い切り抱き締められていた。

その時に、
ああ、彼は教師の鑑だと…




そう思った。







公私混同葛藤劇



(下見と言えど…立派な業務の一環だと思う故、我慢していたのだが…あの夜の俺は、あんたを目の前にし、見事に負けた。二日も共に過ごしているのに、と…浅ましくも思ってしまった)
(いや、でも…あの時はもう勤務時間内じゃありませんでしたし。いいじゃないですか)
(…これから先、総司を叱ることが出来無くなった)
(それに、一つ言えば。まだ門を出ていないのでここも立派な校内だと思うんですけど)

(っっ、!!?)





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bkm

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