「これで全部か…。ここは薄暗い故、視界が悪い。何か足りない物があったら言ってくれ」
「あ、ありが…っ!」
「………どうした、」
「ちょっと…、足痛くて」
「…やはり本当に転ん……いや、なまえ、あんた…まさか、」

す、とわたしの後ろに続いている階段を見やった斎藤さんは、一旦言葉を止めて顔を青褪める。同時に足元に落ちた空のペットボトルが、わたしの爪先に触れ転がっていったのが薄っすらと見えた。

「落ちた…などと、言うのではないだろうな」
「あー……、まさか、そん」
「落ちたのかっ!?」
「はいいっ!」

珍しく大きな声でそう問われ、思わず背筋が伸びる。直後にじじ、と頭上で音がして、階段に気持ち設置されている蛍光灯が点った。もう日は完璧に沈んでしまったらしい。

「ここでは見えん。照明が十分な場所へ移動するぞ」
「え、や、でも!斎藤さんもう帰るんじゃっ、」
「そんなまともに立てぬ者を見て、置いて帰る様な薄情な人間に見えるか」
「…う、はい。すみません。歩けません」
「…肩につかまれ」

わたしに渡そうとしていた鞄とコートを自分の手元へと今一度引き寄せると、自分のビジネスバッグを小脇に抱え、少し屈む体勢をとった斎藤さん。あまりの近さに顔が熱くなるのを隠し俯くと、消入りそうな声で「すみません」と詫びを入れて、彼の肩に腕を回した。
ここでまさかの斎藤さん登場に、ホッとした反面、今までふわふわと曖昧に主張していた痛みがわたしの神経を犯し始めた。

斎藤さんはオフィスがある上階には戻らず、同じ階の非常扉を開けそのまま進む。ここは余り普段から馴染みのない部署がある階らしい。既に皆退社を終えているのか人の気配は無い。
一応どの階も同じ様なつくりになっているから、彼が行こうとしているのが会議室だと分かる。わたし達の部署では土方さんが会議室の鍵の管理を行っているけれど、他はどうなんだろう。なんて少しでも痛みを散らそうと考えふける。服が濡れて寒くもなってきたし、寒いのに痛い所が熱いって言う変な感覚に、馴染めそうも無いと小さく唇を噛んだ。

「俺達の使う会議室は…金曜日に集る際に座り心地が良い腰掛が欲しいと、新八達が持ち寄り個人で置いていた故…この階にソファ等は無いだろう。しかし、簡易椅子でも何か座れる物があればいいのだが、」
「はあ、あのソファ…元からある奴じゃなかったんですね、」
「土方さんは当初勿論反対していたが、押し切られてしまったらしい…あいつ等の、そういった時にばかり発揮する結託力と言う物は尊敬に値する」
「あはは、永倉さん達らしいですね、」

突然そんなイケメンバー事情を話し出した斎藤さん。きっと物凄く気を使ってくれているんだと思う。その証拠にさっき背中へと回された彼の腕は、重い(自分で言ってて傷付く)わたしの身体に負担をかけない様にと力が篭められているし、痛みで足が止ると優しく背中を撫でてくれていた。


「よし、鍵は開いている様だ。物騒だがこの際ありがたく使わせて貰うとしよう」
「うう、…すみません、」
「気にするな、例えあんたが酔狂だと言っても、好き好んで階段から転落する様な真似はせんだろう…。故に事故だ。なまえは悪くない」
「酔……、はい」

パチンと軽い音がして一気に視界が眩しくなる。カーテンの隙間から見えた空は、完全に「夜さんこんにちは」状態だった。つーか、わたし今日どうやって帰るんだ?
一抹の不安に駆られながらも、座っていろという斎藤さんの支持に従って近くにあった椅子へと腰を降ろす。



未だ足首が燃えるように熱かった。








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