「不服を通し噛み付いてくる奴を俺は嫌いじゃねぇが、こう面と向って交戦的な見られ方をすると、どうにも無理矢理服従させたくなるんだよ」
「な、っ何を言ってるんですか!貴方は!怪我人だと先程言ったばかりでしょうっ!」
「黙ってろ、」

隣りに座したわたしの腕を捕り、そのまま引き寄せると枝垂れ掛かるように体勢を崩したわたしの頬をぎゅうと掴みあげる副長。その力はいつもよりずっと弱くて、やっぱり本調子じゃない事をわたしに嫌でも伝え続ける。それなのに、口元だけは弱ってくれなくて、いつの間にか寸の所までやってきていた鼻先と、瞬きすらしない瞳がゆっくりと近づいて来た。
触れる唇は、断然浅い。十分に水分を補給できないわたし達の唇は乾燥でささくれ、お世辞にも甘いとは言えぬものだった。それでも、角度を替え、包むように啄ばまれてその熱い舌で湿り気を与えられれば、喜びに震える自分の身体。

いつの間にか上がったわたしの指先が、乱れ一つない彼のしゃつを掴み、縋る様に唇を追っていた。

「一緒に、居たい…歳さんと、」
「後悔する」
「しません。もう、しないって決めたんです…」
「…俺がする。遠くない先、俺が、」

その先の意味は。

わたしが居なくなり、貴方が悔やむのか。
貴方が居なくなり、わたしが悲しみ、取り遺した己を地獄で責めるのか。

聞きたいとは、思わなかった。
だから再び口を塞ぎ、その強く握り締めたままの甲に触れて解いてみる。いつの間にか口を割って進入してきた舌に吸い付きながら、わたしはそのたこだらけの手の平を重ね捕った。

「口では言わねぇ…、言ったら言った分…悵恨が深くなる。俺が生きて居た場合、それすら殺して進まなきゃなんねぇ。先に謝っとく。悪いな」
「いえ、覚悟の上です。土方副長」

そう言いながらするりとわたしの視界に忍び込んできたのは、厳重に折りたたまれた一枚の懐紙だった。
それを腰辺りについている衣嚢に移し変えると、やっと開放された強い拒否の眼差し。す、といつも通りの瞳でわたしを捉え直した土方副長は、今一度わたしの背に腕を回し耳元で溜め息混じりにこう言った。


「……死ぬ時きゃ、一緒だ。そう願う。願っとくだけは“ただ”だろうからな」
「はい…、同じく」


俺より先に逝くことは許さない。
これは、以前、わたしが変若水を飲み、初めて眼を覚ました時に言われた言葉だ。
羅刹となった今、わたしには戦うしかこの方の隣りに居る価値等なかった。傷だって癒える、身体も軽い、眼も利く、良い事ばかり。そう思っていたのは、副長にあんな表情をさせてしまった時までだったな、と…今になって思い出した。朝は気だるいし、発作は感覚を狭めわたしを苦しめた。
羅刹の力を使えば使うほど、人から遠ざかって行くのを感じると同時に、残りの寿命まで手に取る様に分かるんだ。山南さんも、藤堂組長も同じだと笑っていたっけ。


「あの紙は、…その時が来て、動ける様なら開け。無ければ捨てっちまえ」
「承知致しました」







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