【一方その頃(千鶴視点)】

「おい、これ…中でおっ始まってねえよな?大丈夫だよな?」
「だ、大丈夫だろ!流石の土方さんでもそこまで節操なくないと思うし…」
「いや、わかんねぇぞ平助…?疲れてる時こそ人間本能っつーもんが出ちまうもんなんだよ」
「左之。あんたと副長を一緒にするな」
「はいはい。千鶴ちゃんは耳塞いでようね」
「え?え?」

沖田さんに促され両耳に手を宛てた私は、皆さんが話している後ろで未だ土方さんの部屋から姿を現さないなまえちゃんを待っていた。
彼女が部屋に消えて行ってから大分経つけれど、皆さんは解散するどころか先ほどよりずっと前のめりになっている気がします。
あの斎藤さんまで、一番前を陣取り熱い視線を送る中沖田さんだけは「ああ、まだかなぁ」なんて楽しそうに頭の後ろで腕を組んでいた。

でも、これだけ姿を現さないって事はやっぱりなまえちゃんは土方さんの休息を無事に確保できたと言う事なんじゃないでしょうか。やっぱり思い人の言葉には、何か不思議な力がある様な気がしてなりません。

私も嬉しくなって来てしまって、むふ、と笑いを溢した時だった。
今までびくともしなかった部屋の襖が、すぱんと綺麗に開いたのを見ました。

「総司ぃっっ!!!!!何処に居やがる!!!」

「あはは、きたきた」
「総司…あんたはまた何をしたのだ」
「え?別に?お茶の濃さをいつもより少しだけ増しておいただけだよ。ほら、疲れてる時には味の濃いものって言うじゃない」
「……お、おい。こっち見たぞ、」

「てめぇ等…、」

背中に見えるほどの黒い気を纏った土方さんが現れたと同時に、呆れ顔のなまえちゃんが部屋から続いて出てくるのが見えました。
そしていつの間にか私の隣に居た沖田さんの姿は、遠くの方にあり幹部の方々も散る様に逃げていく。
勿論、沖田さんを標的にした土方さんは一直線に私の隣を駆け抜けて…まるで何日も寝ていない人の動きではありえない位の速さで通り抜けていってしまった。

残されたのは、真緑のお茶が入った湯飲みを持ったなまえちゃんと口を開けて立ち尽くす私のみ。

「千鶴さん、そろそろ夕餉の支度をしましょうか」
「あ、え、っと。はい、…あの、上手く行ったんですか?」
「うん。多分」
「多分、ですか…」
「それにきっと、夕餉は久し振りに揃って取れそうですよ」
「え!?本当ですかっ!?」

にこりと笑ったなまえちゃんは、凄く嬉しそうに土方さんが走っていった廊下を見つめながらこう言った。

「本気になった土方さんに掛かれば、あれくらいの仕事どうって事ないんですもの」

その横顔は、さっき擦れ違い様に見えた土方さんの横顔と少し似ていた。


-完-





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