「…今日は何の日だ。一体今度は何を企んでやがる、」
「…何も企んでいませんよ。皆さん…働き詰めの貴方を心配してるんですよ。健気ですねぇ」
「お前ぇは何でそれに便乗してんだよ。知ってんだろ、俺達には余裕がねぇんだよ」
「知っていますよ?そんな事はこの身を持って…重々に」

こちらも向かず不機嫌そうな声で「うるせぇ、挙げ足取るんじゃねえよ」と言った土方さんは、やっぱりいつもより背を曲げわたしを迎え入れた。会話こそ出来ているが、その手元は引っ切り無しに文字を綴り続けている。何度も掻いたのか、自慢の黒髪も眉間の辺りが乱れてまるで山篭りでもして居るのではないかと思うくらい。
でも、こんな彼の姿を見るのは別に珍しい事じゃない。そうは思えど、幹部の皆さんが心配している位だからいつもよりは相当な長丁場なんだろう。今回も「またか…」くらいで気に留めなかったからわたしは知らなかった。

「お茶、冷めちゃいますよ」
「…冷めたくらいが丁度いいんだよ」
「そうですか?以前は熱くないと淹れ直せと五月蝿かったと、わたしの頭は記憶してますが」
「…お前、何しにきたんだよ」
「……………、」

曲がっている背中の脇に腰を降ろしたわたしは、その言葉に少なからずむっとした。
まったく…先ほどの永倉さんでは無いですけど…好いた女にこの言い草は無いんじゃないでしょうか。
確かに、新選組副長と良い仲と言う位置づけを貰っているわたしだけれど、それなりに寂しいと言う気持ちはある。寄り添うと決めた時「俺は寂しい思いも平気でさせるぞ」と先に言われていたから、本当はここで潔く引き下がるところなのだと言う事も知っている。

けれど、

「じゃあ、取り合えず此れを飲みましょう」
「だからそこに置いておけ。後で、」
「飲め」
「…………、」


やっぱり、心配くらいさせて欲しいのです。


「だから嫌だったんだよ。お前が来ると毎度こうなっちまう…」
「それはすみませんでした。でも、今回はやりすぎですよ」
「…俺が土台組まなきゃ、あいつ等が歩いていけねぇだろうが」
「そんなの知ったこっちゃないですよ。己の道を己で作れない軟弱者は新選組には居ないんじゃないですか?」
「…言ってくれるじゃねぇか」

ここでやっと筆を置いた土方さんは、降参だとばかりにこちらをじろりと睨み上げた。降参するならもっとそれなりの面持ちをして欲しいものです。ゆっくりと伸びていく背筋は、いつも通りの引っ張る背中で。わたしはいつもそれに寄り添って心臓の音を聞いていたいと、そう思ってしまう。
しゅるり…と着物が擦れる音がして、綿が潰れてしまった座布団の上で身体を此方へ向けた土方さんとやっと対面する事が出来た。

その顔は、まあ。
役者顔負けとも言われる土方歳三には、似ても似つかない位疲れた顔をしていて。もう何日寝ていないのだと、溜め息が出そうになる。

「何度も言いますが、皆さん心配していました。土台を作る方が…歩く者を不安にさせてどうするんですか?」
「……そうは言ってもな。どうにもやる事っつーのは、次から次へと沸いて出てきやがる」
「まあ貴方の言う事もわかりますよ。わたしだって…」

お盆に乗っていたお茶を差し出すと、それを利き手で受け取りじっと見下ろす土方さん。
難しい顔で見ているのは、筆を持ち過ぎて震っている己の指先だ。まったく、そんなに成るまでお仕事をして、いつか本当に誰よりも先に倒れてしまいそう。初めは、こんなに放って置けない人だとは思わなかった。

腰を降ろしたまま少し近付いてみると「それ以上こっち来るな」と視線で止められたが、聞いてなんてやらない。
足も崩さず座していると言う事は、これを一気に飲み干しまた出て行けと言うつもりなんだろう。そうはさせません。

「土方さん、あの」
「…なんだよ」
「頭を、」
「は?」

膝と膝がぶつかる位の距離で、向き合うように目を合わせたわたしに一瞬息を詰まらせた土方さん。そんな彼に旋毛が見える様背を曲げ頭を下ろすと、わたしの視界にいつの物か零れた墨の染み跡が映った。


「頭を撫でてはくださいませんか」
「…………はぁ?」


一拍置いて返って来た言葉は素だった。
わたしも、何故今この状況でこの言葉が出てきたのかは分からない。けれども、今はこの疲れた手に触れて欲しいと身体が動いてしまったんだ。
そのままの状態で静まり返った部屋の中目を閉じると、暫くしてゆっくり茶を受け皿に置く音が聞こえた。

ふわりと降って来た手の平が、わたしの髪を優しく撫でる。

「お前はおかしな奴だよ、」
「それは馬鹿にしているんですか?」
「いや。そう言う訳じゃねぇよ。…ただ、」

そこで言葉を止めた土方さんの腕が、するりとわたしの肩まで降りて来る。そう感じた時には、もう逆の腕がわたしの肩を包んでいた。

「誰に言われても置けねぇ筆が、お前に言われると自然と手から離れちまう…。だからお前を部屋には成るべく入れたくねぇんだ。調子が狂う」
「そ、それは喜んでも…?」
「素直に喜べばいい」
「は、はい…」

頭を擡げたまま上から抱き締められると、いつもの彼の匂いではなく墨の独特な匂いが鼻を掠めた。

「いつもすまねぇな。その代わり…全部終わったらきちんと構ってやるよ」
「期待、してます…」
「だから今はこれで勘弁してくれ」


そう言って頬を掴まれたと思った次の瞬間には、わたしの唇に土方さんの唇が触れていた。


「今度は俺がお前に命じる。なまえ。さっさと構って欲しけりゃあいつ等をここに近付けるな」
「承知致しました土方副長」


惜しむ様に離された唇を凝視しながら、返事を返すと。満足そうに頷いた土方さんが髪を直しながら茶を手に取った。
もう冷めてしまっているだろうそれを持つ手は、もう震ってなど居なかった。そこはやっぱり土方さんだと…そう思う。


「もう十分休まった。お前も待ってくれるってんなら…こうしてだらだら休んでる訳にはいかねぇよ」
「はい。土方さん…頑張ってくださいね」
「ああ、」


最近では見られなかったその微笑に、わたしは己の道を見た。





進むも仕事、待つも仕事



(ぶっ!!!げほ!げっほっ!!!!)
(ひ、土方さん?)
(おいなまえ……この茶淹れたのどいつだ)
(え、多分沖田さんが…淹、)

(総司ぃいいいいいいてめぇええええ!!!!!)

(………あれ、簡単に部屋出て行っちゃいましたけど、)



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