「え、っと、は…はじめまして、」
「……………、」

しかし、ここで事を荒立ててはいけないと二人の関係を察したわたしは、今にも崩れそうなぎこちない笑顔を作りはじめに初対面ぶった挨拶をした。声は若干裏返ったけど、まあ上出来だろう。あの時はごめん。なんて言葉をグッと飲み込んで、そう言ったけど、はじめはわたしの顔を見るばかりで返事を返してくれない。さっき見た時より、眉間の皺が自己主張をしている気がする。
わたしは千鶴ちゃんとはじめの間に座る形になって、ナニコレ拷問か何か?と回る頭で、どうにかして早く抜けなくてはと策を練り始めていた。

「ご、ごめんなさいっ、斎藤さんはとっても寡黙な方なんですっ、別に怒ってないですよ?」
「え、あ、う、うん…あはは、わたしも人見知りだから解るー」
「………………、」

チクリと痛むのは勿論、心だ。
そんな事知ってるもん。はじめは寡黙だけど本当は誰よりも優しいし男らしいし紳士なんだって事くらい。でも慌てた様に…代わりに千鶴ちゃんが謝った事が、凄く痛かった。自分から離れた癖に、今更わたしが腹を立てることじゃ無い事だって知ってるよ。

そこからはまるで地獄の様な時間だった。

「斎藤さんとは同じ会社なんです、」と笑う千鶴ちゃんと、ずっと黙ったままのはじめ。それもそうだ。だって自分の元カノと今の彼女が一緒に居る空間なんて並みの男だったら胃を痛める勢いだろう。それに、休日なのに一緒に居るんだからもう確定だろうし。

大丈夫だよ、はじめ。わたしはもうゴミ箱の中の記憶なんです。はじめの中ではきっと「そう言えばこんな奴居たな」程度の存在でしかないんです。
楽しそうに笑う千鶴ちゃんが会社であった事とか、はじめの事とか色々話してくれるのを聞きながら、わたしは必死で笑顔を作り続けた。その間も、はじめは黙ったままだ。

いいや。ゴミ箱はゴミ箱らしくこれからも黙って思い出に浸っています。
でも少しでも、今ここで「元に戻す(E)」表示してくれたらそれでいいや。そのままゴミ箱ファイルの窓閉じちゃってください。

「千鶴ちゃん可愛いし!斎藤さんもかっこいいし、二人凄く似合ってると思う!」

だから、もういいでしょう。
また逃げるよ。わたしは。

わたしの言葉に「え?」と首を傾げた千鶴ちゃんが話しを止めた時「あ、わたしそろそろこの辺で、」と膝に乗せていた鞄と自分の分のレシートを手に取る。もう泣きそうだから。十分罰受けたから。もういい。帰って泣こう。家に着くまで、持ちそうにないけれど…。




「あの日…、何故、俺から離れた」

店内にあるレジへ向おうと二人に背を向けた時だった。
背後からカタンと椅子を引く音が聞こえて、足を止める。次に飛んできたはじめの言葉は、きっとわたしに向けられたと直ぐにわかった。
喧騒入り混じる屋外なのに、はじめの声は雑音無く耳に届いてわたしの目尻に熱く火を灯したんだ。

「勝手にメールを送ってきたと思ったら、電話は通じぬ、バイト先にあんたの姿は無い、当時あんたが住んでいた家にも行った…しかしもぬけの殻だった…」
「……、」
「別れたい。と…唐突に其れのみを言われても、俺には理解できなかった上、納得などいかなかった」
「………、うん」

背後で千鶴ちゃんが「え…、え…?」と戸惑っているのが解る。
わたしははじめに背を向けたままその場に立ち尽くしていて、力を入れた拳の中でレシートがクシャリと小さな音を立てた。

あの日、何故離れたか。
なんでだったっけ。ああ、そうだ。
大学内で成績も優秀なはじめと、平凡な自分の差がバカみたいに気になって。就職先も大手会社への内定を貰ったはじめと、何度も面接に落ちてへこんでそれなのに「一緒に居たいよ」と見っとも無く縋りつく自分に嫌気が差して、逃げたんだった。
はじめは「俺もあんたの傍に居たい」と言ってくれたし、見捨てないでくれたけど…その内それが重荷になって、勝手にプレッシャーを感じていたんだ。
だから、好きで好きでしょうが無かった癖に「別れよう」ってメール送って、携帯も替えた。引越しもした。バイトも辞めた。
死んじゃいそうな位辛かったけれど、それでもはじめの中で少しでも一つの思い出として居られたらって。ゴミ箱の中でもいいから少しだけでもわたしの事を保存して置いてって。

そう考えて、今日まで耐えて来たんだ。


「音信不通とはこの事かと…。まさか自分がされるとは夢にも思わなかった」
「…ご、めんな…さ、」
「それに、」

下を向いたわたしの視界に移っているのは、お洒落なレンガ調の路。
そこにぽたりぽたりと、何か雨の様な丸い染みが出来ていた。次から次へと、降っては滲む。
後ろから一歩、また一歩と足音が聞こえてきて、それと同調する様にわたしの肩が上下に揺れていた。


「俺は、了承などしていない」
「……っ、」


「もう逃げなくてもいいだろう。二年も待ったのだ…。俺も二年悩み苦しんだ。その様子だとあんたは俺以上悩んだのだろう?…俺に取って…あんたの居ない二年間は余りにも長く果てし無かった。……故、これで許してはくれぬか…なまえ、」


爪が食い込むほど力を入れていた拳をそっと捕られて、引き寄せられる。反射的に「はじめは何も悪くないっ」と叫んだわたしの声は、はじめの胸元に寄せられ消えていった。「俺が、あんたを不安にさせていたのだろう?」と、優しく降って来た声は、今まで聞いた事も無い位安堵の色が滲んでいた。

流れる涙が冷たくて熱い。そして、昔と変わらない大好きな匂いがした。

「わ、わたしこそ、ごめんなさい〜!ずっと、ず、ずっと好きだった〜!本当は別れたくなかった〜っ!上書き保存なんて一生出来なくて、このまま孤独死まっしぐらだと覚悟決めてたの〜っ!!!うわああん!」
「上書き…?俺はそれだけなまえの気持ちが聞ければ十分だ。雪村すまなかった、巻き込んでしまったな」
「あ、い、いえ!びっくりしましたけど…と、言うかまだちょっと状況が飲み込めていませんが、その…」
「今度、改めて説明をする故、」
「あ、いえ!」


そうだ、千鶴ちゃん。
ハッと顔を上げてはじめの後ろで唖然としていた千鶴ちゃんを見ると、凄く嬉しそうに笑って

「えっと、……なまえちゃんが幸せそうなので、それだけで十分ですよ」

とそう言ってくれた。






記録媒体


(あの二人は付き合ってるんじゃ…)
(え?違いますよ、今日は、ちょっと…)
(俺と雪村は本日行われる送迎会の幹事なのだ…、しかし、雪村が店の予約を取るのを忘れてしまい…電話じゃ埒があかなかった故、先程店を回って予約を取り付けた所だったのだ…)
(う、ご、ごめんなさい…っ、)

(そう、だったの…。勘違いして、わたしったら、)


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