「僕、なまえちゃんの事可愛らしいと思うよ。いいじゃない」
「……えっと、いいじゃない…って、」
「ほら、こうしてからかうと真っ赤になるでしょう?そう言う所が凄く可愛いし、見てて楽しいよ」
「…総司さん!やっぱりからかってますね!」
「ごめんごめん。ちょっとだけ」


あと少しで夕刻へと変わる。
そうすれば徐々に風も吹き、少しでも地面は冷えてくれるだろう。そうは言っても、この地に落ちた一匹の蝉は二度と空へと飛び立てぬ上、木にも止れない。其の内別の生きる物が「生きる為に」跡形も無く消し去ってしまう。

諦めとは、実に愚かな感情だ。

今、ここで俺が飛び出して総司となまえの間に割って入った所で何が変わる。
そして戸惑う彼女に「俺はあんたを好いている」と口にした所で、俺は変人の粋へと追いやられてしまうだろう。こう考えてしまうと言う事は、初めから今まで、諦めていた証拠だ。

総司も恐らく彼女を好いている。
それは何気ない視線や会話で解ってしまうものだ。例えば雪村に対する扱いとなまえに対する扱いは、あからさまに違うのだ。察しがいいのも困りものだと、俺は瞼を降ろし考える。

いつまでここでこうしているのだろうか。
己にも解らず、ただこの向こう側に居る二人に気付かれぬ様に呼吸をする事で精一杯なのだ。

かさり、
地面から諦める事への小さな抵抗の音が俺の耳に届いた。




「……………、」
「…総司さん?どうかされました?」
「…ううん、ちょっとね、」
「あちらの方角に何かあるんですか?」


「…っ!」


同時。
聞こえてきたなまえの言葉に思わず息を飲んだ。
一瞬にして瞼が上がり、その場から踵を返そうとするが足は相変わらず動こうとしなかった。こういう時、神経が機敏だと何かと役に立つとはお笑いごとだ。まったく肝心な時に役には立ってくれない。俺は結局の所、何も変わっていないのだ。

其のうち歩み寄ればいい。と言い訳にして。
土から出る事すら諦めた。

俺の持つこの刀がまだ、道筋に落ちている何の変哲も無い木の棒だった頃、辺りで隠れん坊に励む童を見る度に「俺なら一手間も掛からん」と独り遠くの方で見る事しか出来なかった事を思い出す。歩み寄ったところで、受け入れてはもらえぬと。

だが、これでは。
余りにも見っとも無い。


「あら、そこに居るのは…斎藤さん…?」
「…なまえ、」
「っきゃ!」


名を呼ばれ、顔を上げた其の時だった。
角から此方を覗き込む様に顔を出したなまえと、遠くで総司が笑う声。

そして、
俺の足元に転がっていた蝉が、一度地面で土埃を上げて


「…あ、」




空へと舞った。







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