「懐かしいね、あの時はホントいきなりごめんね、昔から自分の暴走止められなくて」
「ああ、確かに…みょうじのその猪突猛進な性格は、当時の俺に取っては理解が出来ぬ範疇だった」
「う、」
「しかし、だからこそ。俺はここにあんたと居る」
「…へ?」

そっと手を広げ差し出すと、舞い落ちてくる桜の花弁が一枚。ゆっくりと俺の手に乗った。それを左手で摘みみょうじへ差し出すと、大きな瞳がさらに丸くなっていくのが解る。

この花弁は俺だ。

あんたが、手を差し出してくれたから


「俺は、あんたを好いている、恐らく誰よりも一番に、」


地面に落ちる前に、救われた。


「今日で卒業だが…、明日からも、いや、ずっと途方無い先の未来まで、共に居てほしい。あの日、俺に声を掛けてくれて、ありがとう…」


そして、願いが叶うなら、来年も。桜を共に見上げていたと思う。


「っ、も、やだぁ…っ!」
「な、何故!?嫌だったか!?すまない!泣かせるつもりは、」
「違うよ!斎藤くんの馬鹿!ずるいよ!」
「は…?」

俺の指先ごと一枚の桜を両手で包んだみょうじは俯きぽろぽろと涙を流し始めてしまった。まさか一世一代の告白をして、いやだ。ずるい。と言われるとは思わなかったが、戸惑う俺を追う様に紡がれた言葉は。


「さっきまであんなに悲しかったのに…、皆と離れ離れになっちゃうからって一杯泣いたのに…っ!」
「…すまない、その、」

き、と睨む様に俺を見上げたみょうじの頬は、桜色に染まっていて。

「なのに、そんなの全部吹き飛んじゃうくらい、嬉しいっ…!」
「っ、な、」

そして、泣きそうな笑顔を俺に向けた後直ぐに感じたのは、俺の胸に飛び込んでくるみょうじの温もりだった。


「わたしも、ずっと好きだったの…!でも大学離れちゃうし…どうしようって…!わたし、斎藤くんとこれからも一緒に居たい!」


ふわりと靡くスカートは、今日で見納めになるだろう。
「斎藤くん」と俺を苗字で呼ぶ事も、俺が彼女をみょうじと呼ぶのももう近い将来無くなる事になるやも知れん。
そしてこの裏門にある桜も、この学び舎も。

しかし、今道は繋がった。
別の道を歩くみょうじの背に手を振らなくても良くなったのだ。



卒業式でも涙を流さなかった俺は、この時。


初めて涙を零した。





それは舞い散る花弁の如く


(あ、沖田くんから電話だ…)
(この後、あんたも呼ばれているのか)
(うん、斎藤くんは行かないの…?)
(いや、参加するとしよう。それに)
(うん?)
(皆に、あんたとの事を報告せねばなるまい、)
(っ!)

手を握ると、その僅かな隙に一枚のはなびらが滑り込んだのが見え、俺は小さく笑ったのだ。



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